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「お腹空いたでしょ? ご飯にしよう」
そう言って花咲は部屋を出て行った。もうそんな時間か、と思い、壁に掛かっている時計を見る。午後六時半。いつもの晩御飯より半時間程遅い。
そう無意識に思って、我に返った。引き摺っている。何時までもあの日のことを。あの日の出来事は、一生俺の心に根付くのだろう。苦しみ、生きろと。いや、そのまま悔悟の念に苛まれて死んでしまった方がいいのかもしれない。
右手を見た。震えるそれで、俺はどれだけ人を殺してきただろう。震えを止めようとギュッと右手を握り締めれば、爪が肉に食い込んで痛みが叫びを上げ始めた。その痛みが、いっそう俺が今生きていることを明確にする。
俺が死ねば良かった。俺が最初、あの時に死んでいれば。
「藤原君? ちょ、何してるの!」
花咲の声で意識が現実に引き戻される。慌てて俺に走り寄る花咲に異常なほどキツく握り締めていた拳を無理やり開かれ、爪が肉から引き抜かれる痛みに思わず顔を顰めた。
「血出てるじゃん!」
「え……?」
花咲に言われて右手を見ると、血が線を引いてゆっくりと腕まで伝っていた。どうやらキツく握り締めすぎて、血管にまで爪が食い込んだらしい。花咲がティッシュを探している間に、ポタ、ポタ、と肘から血が垂れ始める。暖かい時期で良かった。既に半袖なので、服に血は付かなかった。
ぴかぴかの床に赤い斑点が浮かぶ。
「気付いてなかったの? もう……」
「……悪い」
「自分を傷付けないでよね。只でさえ心は傷付いてるんだから」
やっと見つけたティッシュで、慌てて床と俺の腕を拭った花咲は、ちょっと待ってて、と言って部屋を後にした。直ぐに戻ってきた花咲の手には救急箱。ティッシュで血を拭い、消毒液をこれでもかと言うほどかけて、唐突に訪れた予想外の痛みに、獣のように呻く俺を無視して、ガーゼの上から手際良く包帯を巻く花咲。最後のトドメと言わんばかりに、巻き終わった包帯の上から思いっきり叩かれた。
「──ってぇ……」
「痛いと思うんだったら無意識でも傷付けないこと。転入初日から手に包帯巻いてる転入生なんて聞いたことないよ?」
「喧嘩傷とかあったりするんじゃないのか」
「傷は治ってから転入するの。そりゃ古傷とかはあるけどね」
花咲の言葉から、下手なことをしてしまったことを理解した。目を付けられるのは確定的だ。せめて付けるなら手首にすりゃ良かった。リストカットだと思われれば、逆にあまり関わろうとしてくる奴もいなくなるのではないか。
そんなことを思っていると、
「リスカも無駄。反対に虐められるよ」
と花咲に先に言われてしまった。花咲に心を読まれていたようだ。
「……エスパーか」
「顔に書いてたし」
少しおどけるような言い方をすれば、花咲から同じくおどけた答えが返ってくる。何だかそのやり取りが、よく青春ドラマで見るような、昔からの友達同士のようで、思わず口元が緩んでしまった。
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