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赤が。
最も憎くて、最も欲する赤が。
そこにあった。
そして、その視線だけで射殺されると一瞬思わせるほどに鋭い目が、此方を見ている。
音も消えたその世界で、心臓が壊れるのではないかというほど、強い鼓動が俺を襲った。
「う……っ、あぁ……!」
咄嗟に目を逸らしたが、右手が勝手に近くにあった箸を掴もうとする。あの目を、潰すために。
その右手を必死にもう片方の手で押さえ、俯いて下唇を力いっぱい噛みながら、普段とは比べ物にならない強すぎる衝動に懸命に耐える。
「藤原君?」
俺の側に来た花咲が、心配そうな声で俺の名前を呼び、顔を覗き込もうとする。
駄目だ、近付くな。
目をぎゅっと瞑り、限界に近い左手に更に出せるだけの力を入れる。
それでも、この衝動は止まらない。殺せ! と脳が、右手が、腸が、体中が泣き喚く。
「藤原、どうした? 大丈夫か?」
そうしているうちに、鈴木や長谷川までもが心配そうに俺に近寄ってきてしまう。
一人にしてくれ。
もう、衝動に負けて、人を殺したくない。
「はなさ……、っ!」
俺が絞り出すように花咲の名前を呼ぶと、花咲は何かに気が付いた様子で、俺の左の二の腕を掴んで立ち上がらせた。
「おい、圭佑」
「藤原君疲れてるみたいだから寮に戻るよ。後片付けは頼むね」
有無を言わさぬ強い口調で言う花咲。その強い口調に呼応するように、花咲の手に力が入る。俺はそれよりも、花咲に掴まれている左腕までもが、酷く熱を帯びてきたことに恐怖した。
まずい。このままでは──。
「でも……」
「分かった。こいつにやらせておくから、行ってこい」
納得していない様子の鈴木を遮り、長谷川が頷きながら言った。ありがとう、と花咲は言って、見た目とは裏腹に意外に強い力で俺の腕を引っ張りながら、食堂の入り口を目指す。食堂内の視線が生徒会の奴らに釘付けだったのには感謝した。
気持ち悪いと思っていた男たちの黄色い声も、今の俺にとっては多少ではあるが緩和剤になっている。
入り口付近で生徒会とすれ違う。無意識に生徒会の方を見ていた俺は、またあの赤を見た。いや、紅と呼んだ方が良いのか。
それは酷く輝いて、血とは少し違う情熱を俺にもたらす。それは、初めての感覚だった。その感覚に、名前をつけることはできなかった。
また目が合った。俺を見定めるような鋭い目。
既に衝動に呑み込まれていた俺の頭は、その目を潰し、真っ赤に染め上げることだけしか考えられなかった。
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