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 そんな事をつらつらと考えていたからか、背後から誰かが近付いてくるのに気付かなかった。 「こんなとこで何してんだ?」  風と葉が擦れる音しかなかった庭に、突然響きわたる声。完全に油断していた俺は不意を突かれたも同然で、必要以上にびくり、と身体が跳ねてしまった。  急いで声のした方へ振り向くと、モデルのような出で立ちの長身の男が俺の方へ歩いてきていた。茶色の髪が月の光に照らされ、その光が暗かった髪の下を照らせば、微笑を浮かべた女受けしそうな整った顔がある。  慌てて涙を拭おうとすると、男が俺の腕を掴んだ。 「……ッ!」 「擦ったら腫れるぞ。ハンカチ貸してやるから、これで拭け」  そう言って空いている方の手で、青いハンカチを差し出してきた。綺麗にアイロンがかけられたそれを受け取って、無言のまま頭を下げる。 「お前見かけねえ顔だな。転入生か?」  その質問に小さく頷く。男はそうか、と言って、自己紹介をし始めた。 「俺は桑山悠生(くわやまゆうき)。三年だ。お前は?」 「……藤原聖、です。聖なるの聖でひじり」 「聖か。ここ綺麗だろ?」  楽しそうに庭を見渡しながら桑山先輩が言う。俺もそれに倣うようにもう一度庭をまじまじと見る。見れば見るほど、心が癒される空間。 「ええ、まあ……」 「ここ、俺の特等席だから。怖がって誰も来ねえの。だから俺が手入れした綺麗なまんま」  怖がって、と聞いた瞬間、俺の頭によぎる鈴木の言葉。 『お前、絶対Aクラスとか生徒会なんかに近づくんじゃねえぞ』 「え……、あ、すみません帰ります」  走りだそうとした俺の首根っこを、桑山先輩が掴んで引き留める。  もうどこかに行かせてくれ。どう考えてもこの人、Aクラスだろ。関わってはいけない人だ。 「いいよ此処にいても。別にお前なら五月蝿くなさそうだし。それに……」  そこで言葉を切った桑山先輩は、ぐい、と掴んだ首根っこを自分の顔近くに寄せて、俺の耳元でこう囁いた。 「さっきの泣き顔、綺麗で可愛くて襲いそうになったからな」 「──!?」  一生かけられないはずの言葉に、目玉が飛び出るかと思った。  男の俺が綺麗? 可愛い? 挙げ句の果てに襲う!?  聞き間違いかと近くにある桑山先輩の顔を見るが、先ほどまでの人当たりの良さそうな顔は、欲にまみれた雄に変わっていた。 「俺は男ですけど」  拒絶を示すために言い返せば、桑山先輩は少し驚いた顔をして急に笑い出す。  その行動の意味が分からなくて、馬鹿にされているようで腹が立った。このまま大人しく引き下がるなんて無理だ。 「あー、お前ノンケだわな。外にいたんだし」 「何ですか、ノンケって」 「ん、異性愛者のこと。女が好きだろ?」  何を当たり前のことを。誰も好きになったことはないが、性の対象は生まれてからずっと女だ。 「知りません。好きになったことがないので。でも好きになるなら女です」 「うん、此処にはそういう奴らはあんま居ねえんだよ。みんな男が好きなの。オッケー?」 「は? 男が男を? 血迷いすぎじゃないですか? 先輩もですか」 「お前中々毒舌だな。俺はどっちでもいいけど。ははっ」  また笑われ、さらに苛立ちが増す。  男が男を好きになるって? どう考えてもおかしいだろ。

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