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 よろよろと立ち上がった俺に、長谷川は眉を潜めて怪訝な顔で先程よりも大きな声で問いかけてくる。 「は? お前本当に何したんだ?」 「情報屋には内緒だ、っ……右手掴むな、痛いから」  やっとの思いで覚悟を決めて部屋に入ろうとした俺の右手を、長谷川が容赦なく掴んだ。びりびりと突き刺さるような痛みが右手から脳へ瞬時に駆け抜ける。  包帯を巻いているから、怪我をしているのは分かっているだろう。俺の言葉に眉一つ動かなかったのを見ると、むしろそれを逆手に取られてしまったようだ。 「質問しているんだ。答えろ」  長谷川は俺の手を握ったまま真剣な顔で詰め寄ってきた。次第に力が入っていく長谷川の手から俺は抜けられず、脳が感じる痛みもその力に比例して増していく。 「い、や……俺が、悪いんだ。それだけ……」 「何をしたかと聞いているんだ」  一際強く握られて、小さな呻き声が俺の口から零れ出る。強烈な痛みに混じって、何かが手のひらに流れ出るような感触を覚えた。  恐らくこいつは、俺が本当の事を言うまでこの手を離さないのだろう。久々に感じた持続する痛みに脳が誤作動を起こしたのか、俺は思わず心の奥に隠していた事実を下に乗せてしまった。 「く……首、を……」 「まさか絞めたのか?」  頷く。その瞬間、掴まれた右手を軸に、体を壁へと思い切り叩きつけられた。 「がっ……ぁ……!」  肺の中の空気を全て吐き出させられ、咳き込む暇もなく、そのままもう一方の手で首を絞められる。俺の右手は握ったまま。俺も左手をなんとか動かして、長谷川の腕を掴んで首から離そうとするが、痛みと酸欠で腕に力がうまく入らないのか全く動く気配がない。  息が全く出来ない。酸素を求めて魚のようにぱくぱくと動く口は、ひゅー、という空気の音を断続的に吐き出すだけ。 「お前はこれを圭佑にしたんだ。分かるか?」 「……か……っぁ……る…」  必死で声を紡ぐが、呼吸音に微かな違いをもった音が混じるだけだ。  そうか、殺されるのはこういう感じなのか。  そう気付けば、諦めに似た感情が湧いてきた。そうだ、俺はこのまま死ぬべきなんだ。  唯一の抵抗手段だった左手から力を抜くと、目的を失った腕がだらんと垂れ、床へと落ちた。長谷川が驚いたような顔をしたのが、霞んだ視界に映る。  こいつを殺人者にはさせたくないが、こいつが俺を殺したいと望むなら、それを止める権利は俺にはない。  酸素が頭に回っていないのか、目の前にいるはずの長谷川が不意に花咲に見えた。  ごめんな、花咲。せめて、面と向かって謝りたかった。 「おい、藤原──」 「藤原君いるの!? って何してるの漣君!?」  周囲の音ももう聞こえなくなった俺の耳が、辛うじて自分の名前を聞き取った瞬間、誰かが右横のドアから飛び出して来た。  意識が遠のきそうな俺を見て、飛び出してきた誰かは長谷川の腕を掴んで俺の首から引き剥がす。元から少し弛んでいたため、長谷川の手は簡単に外れ、支えを失った俺の体は壁伝いにずり落ちた。  解放と同時に肺に飛び込んできた大量の空気によって、俺は盛大に咳き込んだ。その一瞬、少しだけ意識がはっきりし、俺を助けてくれた人物を咳き込みながら確認する。 「がはっ、げほっ、げほっ……!」 「大丈夫!?」  ああ、花咲だ。  心配を通り越して、もう今にでも泣いてしまいそうな顔をした花咲の手が、咳の反動を和らげるために丸めた俺の背中をさする。それが無性に嬉しくて顔を緩めれば、張り詰めていた緊張が解けたせいか、俺の意識は暗闇に落ちた。

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