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 ◆ 「漣君の馬鹿! ほんとに死んじゃうところだったんだよ!?」  藤原が気を失った後、花咲は長谷川に向かって声を荒げていた。  二人がかりでベッドに運び横たわらせた藤原の首には、赤い手の痕がくっきりと残っている。目の前で怒っている花咲の首にある、鬱血して紫色になりつつある同じような手の痕を認めて、長谷川は藤原に憎しみのこもった鋭い視線を突き刺した。 「こいつに殺されかけたんだろう?」 「それとこれとは話が別! ……それに僕のせいでもあるんだよ」  悔しそうな顔で花咲が呟いた言葉に、長谷川が顔をしかめて困惑したような声を出した。 「は? こいつは自分のせいだって……」 「仕方なかったんだよ、止められなかったの」 「首を絞める事がか?」  何故花咲は此処まで藤原を庇うのか。出会って間もない素性もよく知らない人間に殺されかけたというのに。  長谷川にはその理由が全く見当もつかない。  沈黙が二人の間に降りる。花咲は何かを考え込むような仕草で俯き、長谷川はそんな花咲から何とかして真意を掴もうと、表情を注意深く観察する。  静寂に支配された部屋に、先程まで二人の声で聞こえなかった微かな呼吸音がベッドから聞こえ始めた。花咲は俯いていた顔をベッドへ向け、首につけた痕に似つかわしくない晴れやかな表情で静かな寝息をたてる藤原を見る。その目が愛おしげに細められ、次に決心したように開き、大きな目が長谷川へ向けられる。 「……誰にも言わない?」 「何をだ?」  長谷川は努めて冷静に言葉を返したが、漸く花咲の真意が明らかになると分かって、自然と体が前のめりになる。 「今から僕が言うこと。藤原君に関わること」 「……ああ」  今まで見たこともないような真剣な表情の花咲に、長谷川もつられて眉間に皺を寄せ、唇を引き結んだ。一瞬間を置いて、静かな声で語られ始めた藤原の秘密。  それは、長谷川の理解が追い付かないほど想像を絶する過去だった。

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