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 呆然とする俺。と、舌なめずりをする花咲。  桑山先輩にされたときと違って、不思議と嫌ではなかった。むしろ心地好く、思考が戻っても抵抗しようとする気にならなかった。  待て。正常な思考は戻っていないんじゃないか、これ。 「黙ってて」  強い眼差しで俺を見る花咲。それに一瞬有耶無耶にされかけたが。 「……って何した今!?」 「ちゅー? べろちゅーか!」 「男に何してんだ!」  俺も何で心地好くなっているんだ。流され過ぎだ。  漸く正常な思考を取り戻した俺が叫ぶと、花咲は不思議そうに首を傾げる。そして、何かに気付いた仕草を見せて、 「あ、大丈夫。僕ノンケだし。藤原君嫌だったでしょ? お仕置きだよ」 と平然と言い放った。  いや待て、お仕置きでその内容はどう考えてもおかしいだろう。しかもお仕置きされている側にとっては、もはやご褒美になりかけていたんだぞ。それに関しては俺がおかしいんだが。  どうやって言い返そうかと悩んでいると、花咲の後ろから低い声が聞こえてきた。 「俺の存在、忘れられてないよな」 「あ!」  俺は忘れていないが、花咲の慌て方を見ると、こっちはすっかり忘れていたようだ。花咲が長谷川に手を合わせて「放置してごめん!」と謝る。謝罪の言葉が何だかおかしい気もしたが、何も言わなかった。  というか何だここ。キス魔が多くないか。しかも同性に対して躊躇わずやる猛者が。 「男とするのは初めて?」 「あー……、初めて」 「嘘だ絶対その間おかしいもん」 「ソンナワケナイ」 「何で片言?」  はいはい。初めてじゃありませんよ。  観念したようにそう言えば、何故か花咲が急に鼻息を荒くする。 「誰といつどこでどんな風にしたか詳しく!」 「何言ってんだお前」  そんなことを知ってどうするつもりなんだ。聞いたって気持ち悪いだけじゃないか。  迫ってくる花咲から身を逃しながら怪訝な顔をしていると、長谷川が溜め息をつきながら言った。 「圭佑は世に言う……腐男子ってやつだ。結構重症の」 「ふだんし?」 「男同士の恋愛が好きな奴だ。腐ってる男子と書いて腐男子」 「え」 「でも僕自身はノンケだから! 藤原君顔綺麗だから妄想が捗って……」  花咲は、あは……、と夢の世界に行ってしまった。そんな者が存在しているとは、恐るべし雉ヶ丘学園。  ちょっと待て。もっと有耶無耶にされてることがあるじゃないか。 「花咲……、首、本当にすまない」 「ちっ、気付いたか。もう謝らないで。僕に謝らせて」 「舌打ちするな。嫌だ、お前は何も悪くない」 「もう! またべろちゅーされたいの!?」 「やればいい」 「え!? 藤原君頭大丈夫!?」  本気で心配するような顔で俺の頭を撫でる花咲が面白くて、思わず笑ってしまった。すると花咲も少し驚いた顔をしたあと、同じように笑い出す。長谷川だけが困惑した表情で俺たちを見ていた。 「あ、藤原君の秘密、漣君に言っちゃった」  ひとしきり笑った後、思い出した様に花咲が言った。ぺろ、と唇を出しているところから察するに、そこまで大事にはならなさそうだ。長谷川からも嫌悪感や恐怖といった感情は感じられない。 「ああ、長谷川ならいい」 「口堅そうだしね」  その言葉に、きちんと見定めた上で花咲は話していたのだと理解する。さすが情報屋というべきか、情報に関する取り扱いには普段から慣れているのだろう。  長谷川は俺の首に視線を移し、眉尻を下げた。 「すまなかった。そんな事だとは思わなかったんだ」 「いや、正常な判断だ。実際俺は花咲を殺しかけたし、俺の私欲でお前を殺人者にするところだった。お互い様だろ」 「お互い様じゃないだろ。すまん」  食い下がる長谷川。数刻前の花咲とのやりとりとのデジャヴを感じた。成る程、先程までの花咲の気持ちが分かるような気がする。  とはいっても、人の命がかかっていた以上妥協する場面ではないし、長谷川も引く気はなさそうだ。  この状況を打開する策は──え、べろちゅーしかないのか。  無論却下だ。長谷川も絶対に嫌だろうし、何より俺が嫌だ。しかし、一応長谷川の意向も聞いておいた方がいいだろう。 「べろちゅーして黙らせた方がいいか?」 「ば、馬鹿かお前!」 「べろちゅー!」  花咲の叫び声が俺の耳をつんざく。ころころと表情が変わるもんだから、本当にキャラが掴めない。

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