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 案の定長谷川が体ごと拒否を示したので、べろちゅーはせずに済んだ。いや、乗り気でもこちらから拒否するが。 「じゃあもうこの話は終わり!」 「圭佑! まだ話は……」 「しつこい男は嫌われるよ」 「っ……」  長谷川は言葉に詰まり暫く目を泳がせ、最終的に仕方ないとでもいうように大きな溜め息を一つ。花咲のだめ押しの一言で、やっと諦めてくれたようだ。ナイス花咲。  で、俺を振り返る花咲のこの顔はなんだ。目を輝かせて鼻息荒く俺を見るこの顔は。 「さっきのチュー事件、詳しく!」 「……え?」 「え、じゃないよ! 僕に萌えをちょぶくふっ!?」  言い終わる前に花咲の後ろからにゅっと出てきた右手が欲に忠実な口を塞いでいた。ご丁寧にもう一方の腕で体もがっちりとホールドしている。言い負かされた報復の意味でもあるのか、長谷川はほんの少し口の右端を上げながら呟く。 「悪気はないんだ……多分」 「そうだな……多分」 「んんー! んんんー!」  分かり合う俺たちの間で花咲が叫ぼうと声を上げるが、長谷川の手に阻まれて言葉にすらならない。口と体に張り付く邪魔者を引き剥がそうと身を捩りながら暴れてはいるが、空しいかな、体格の差は歴然だった。  暴れすぎて顔を真っ赤にした花咲を流石に可哀想だと思ったのか、長谷川が両手を緩めると、花咲は長谷川を振り払って一直線に俺に抱きついてきた。 「おっと」 「ねえ藤原君! 教えて!」 「……あー、分かったから。離れろ」 「本当!? やった!」  あまりのしつこさに渋々頷くと、花咲は満面の笑みで俺から離れた。しつこい男は嫌われる、なんてついさっき言っていた奴の言動とは思えない。  それより、あれを他人に言わなきゃならんのか。 「さっき飛び出した時に庭みたいなところに迷い込んで、何だ、えっと……桑山? って人に捕まってだな。ぶちゅっとな」 「庭って……中庭だね。桑山先輩か……ってうええええ!?」  冷静に分析していた花咲がいきなり叫びだしたので、反射的に長谷川が口を手で塞ぐ。これまでどれだけ花咲の口を塞いできたのだろう。大変だっただろうな、と妙な哀れみが長谷川に対して湧いてくる。 「んぐ、っぷは、桑山先輩の縄張りに入って無傷で帰ってきたの!?」 「縄張り? ああ、何か言ってたな。特等席だなんだって」 「しかも普通にお喋りまでしたの? ちょ、なにそれこわい」 「何が?」 「フラグびんびんすぎてこわい。新鮮な萌えをありがとう藤原君!」  よく分からないことで感謝され、握手される。いや、手を一方的に握られる。  俺も一番聞きたいこと、聞いて良いか? 「萌えって何だ?」  ぶんぶんと俺の手を陽気に振っていた花咲が電池が切れたように唐突に固まった。  そして、息を吹き返した花咲は、今までの分を取り返すかのように大きく息を吸う。次の瞬間、矢継ぎ早に理解不能な単語が大音量で俺の脳内に叩き込まれた。慌てて長谷川が止めに入ろうとするも、覚醒した花咲には敵わず、マシンガントークは一切緩まる気配はない。  その後、長谷川の決死の努力も虚しく、花咲先生による萌え講義が夜通し続いた。

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