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 髪の色こそ黒だが、両耳にはそれぞれピアスが数個ついている。服装も模範とは程遠く、ネクタイはかなり緩めていて、ズボンからはシャツが完全に出ていた。しかし、一見格好悪く見えそうなその服装が許されているのは、その顔の良さだろう。目は薄い茶色でぱっちりと開いており、鼻はスラッと通っている。弧を描いていた薄い唇が、やっほ、と動いた。  にしてもこの学校、顔が整っている奴が多いな。 「俺、戸田静利(とだしずり)。よろしくね、聖ちゃんっ」  いきなりちゃん付けで名前を呼ばれ、眉を潜めながら言葉を返す。 「……ちゃん付けはどうかと思うんだが」 「じゃあひーちゃん?」  馬鹿かこいつは。 「ちゃんが付いたままだろ」 「聖ちゃんでいいじゃんよー。俺のことは静利でよろしく!」  俺の希望は無視して、さらに呼び方を強制させる。しかし、あまり名前で呼びたくない俺はさらに眉間に皺を寄せた。名前で呼ぶことで、他人と深く関わってしまいそうなのが嫌だった。 「……戸田でいいか?」 「えー! 静利! あ、シズちゃんでもいいよ?」 「名前で呼ぶの苦手なんだ。すまん」 「んー……。それなら仕方ない、うん」  渋々といった感じで戸田は承諾した。いつか俺から殺人衝動が消えたなら、もう他人と深く関わっても迷惑にならないなら、その時は名前で呼ぼうと思う。  そんなやりとりをしていると、あれだけうるさかった教室内がやけに静かになっていることに気づく。 「静利君、前」  俺の後ろから、眉尻を下げた困り顔の花咲が前を指差しながら戸田に言う。首を傾げながら前を向いた戸田が、瞬時に顔を強ばらせた。 「?」  クエスチョンマークを頭に浮かばせながら、俺も顔を前に向けると、先生が笑顔を張り付けた額にビキビキと青筋を立てていた。 「っ……!」  そもそも笑顔と表するのが間違いなのかもしれないが、一応口角は上がっている。しかし、見たことのないほど浮き出た青筋の迫力に思わず息を呑んだ。  先生が固まる戸田に向かって、地獄の底から響いてくるような声を出す。 「しーずーりー?」 「り、りっちゃん……」 「お前なー、俺の話そっちのけでいきなりナンパかー?」 「え、ち、違うよりっちゃん! 違うから教卓持ち上げないで今すぐ降ろして不死身の俺でも死ぬからねそれ!?」  戸田が一気にまくし立てた。それもそのはず、先生は教卓を軽々と持ち上げ、戸田に向かって投げようとしていたのだ。まずい、あれを投げられたら俺まで被害を受ける。  ばち、と先生と目が合った。戸田に倣って必死に顔を左右に振れば、先生は片目を吊り上げて渋々と教卓を降ろした。  不死身の俺って何だよ。ていうかあの人何者だよ。  怖い。怖すぎるだろ。絶対軽々持ち上げられる物じゃないだろ、教卓なんて。いくら力が強いからって。 「じゃあさー静利。殴っていい?」 「りっちゃんのこぶしは死ぬから駄目! まじごめん! ね、だから落ち着いて?」  命の危機を感じているのか、必死に先生を宥める戸田。もし何か投げられても被害が来ないように若干窓側へ体を避けていた俺に、花咲がこそっと小声で話しかけてくる。 「あの人この学園、ううん、日本で一番喧嘩売っちゃいけない人。化け物だよ」  だろうな。 「あの人サイボーグじゃないのか?」 「れっきとした生身の人間だよ。肉体が異常に強靭なだけで」 「それもう人間じゃないだろ……」  なんて話をコソコソしていたら、 「おいそこ。なーに喋ってんだ?」 先生に見つかってしまった。  まずい、まずいぞ。今度は俺たちが標的になる。あの教卓が脅しでなければ、下手をすれば命を落としかねない。  だが、冷や汗を流す俺に対して、花咲は何故か平然としていた。 「先生格好いいなって言ってただけですよ?」  花咲が完全に嘘だと分かる嘘をついた瞬間、俺たちの命日は今日か、と思った。

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