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先生がぴくぴくと頬を動かしながら口を開く。
「そうか。んじゃいい」
……、へ?
一人だけ目が点になっているだろう俺。またか、と言いたげに呆れたように花咲と先生を見るクラスメート。
そして、
「りっちゃん扱い違いすぎでしょ! 可愛いからって贔屓は駄目だよ!」
先生に猛抗議する戸田。
そんな戸田を先生は再度怒りの笑顔で追い詰める。訳がわからないまま花咲を振り返れば、さも当たり前かのように、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な笑顔で戸田と先生を見ていた。
えっと、何が起こった?
「ふふっ、驚いた?」
唖然としていた俺に、花咲が笑いながら問いかけてくる。
何だよ。この結果が分かってたみたいな感じ。
「どうなってるんだ?」
「なんかね、先生の弟に似てるらしいよ。僕」
「あー……、今度はブラコンか」
一人っ子の俺にはその気持ちを一生理解することはできないだろう。そもそも、自分を含めて人を好きになったことすらない時点で、俺は恐らく人間の道を踏み外している。
「悪かったなー? ブラコンで」
「っ!?」
突然近くで怒りを滲ませた低い声が聞こえた。驚いて声のした方を向くと、さっきまで教壇に立っていたはずの先生が、俺の横に座っていた。その席の主である戸田の姿はない。
変に言い訳しても逃れられないだろうと悟った俺は、話を逸らすことで怒りの矛先から逃れようと試みる。
「えっと、雉学祭は……」
「静利にやらせてる」
その言葉を受けて教壇へ視線を移すと、黒板の前に先生を恨めしげな表情で睨む戸田がいた。余程力を入れているのか、右手に持っているチョークが折れかけている。
「藤原、ほっとけ」
「わっ」
戸田を哀れみの目で見ていたら、何かが急に視界を塞いだ。声の近さから、恐らく先生の手で目を塞がれたのだと理解する。その瞬間、黄色い声が教室を包んだ。
な、何だ。何が起こった。
パニックになっているのは俺だけのようで、先生は俺の目から手を離すことなく、花咲と談笑している。
「先生、ちょ、手どけて」
「ん、わりぃ。どけたくない」
「何言って──っ」
抗議しようとすれば、頬に柔らかい感触。さらに黄色い声、いや、ほぼ悲鳴に近い声が爆発する。
「りっちゃん! 手ェ出しちゃ駄目!」
戸田の焦りと怒りが混じった声が耳に入る。続けて、花咲の方からも窘 めるような言葉が聞こえた。
「一君、駄目だよ」
一君って、誰だ?
そう思っていたら、先生が花咲に謝りながら手を退けたので、先生のことだと分かった。やっと見えるようになった目を光に慣れさせるように何度か瞬きをして、花咲に向き直る。
「何で一君?」
「先生の弟がそう呼んでたからだって」
「極度のブラコンだな」
そう言って溜め息を吐けば、先生に頭を掴まれて強引に顔を先生の方へ向かされた。余りの力に首の筋がぴき、と変な音を立てる。
「犯すぞ」
「え、誰を」
「お前を」
「俺、男ですよ」
「……もういい」
今度は先生が溜め息を吐き、掴んでいた俺の頭をパッと離して花咲とまた談笑し出した。
犯す、というのは強姦のことだろう。しかし俺は、男。先生も、男。
……何だろう、聞いてはいけない気がする。
それ以上深く考えるのは諦める。同時に浮かび上がってきた疑問。
何故先生はそんなに花咲を弟に似せたがるんだろうか。まさかブラコンが災いして弟に無視されていたりするんだろうか。
「先生、何でそんなに花咲を弟に似せたがるんです?」
「もう会えないから、な」
「会えない……? 何かやらかしたんですか?」
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