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 俺の問いに答えたのは先生ではなく花咲だった。 「死んじゃったんだって、弟さん」 「……そう、なのか……」  予想もしていなかった答えを聞いて、俺はそう返答するしかなかった。何も考えずに安易に聞いてしまったことに、罪悪感がじわじわと湧き上がる。先生は、俺のそんな感情に気付いたのか、笑みとまではいかない複雑な表情で頭を撫でてきた。 「お前は悪くねえよ。気にすんな」 「……お名前は?」 「理人(りひと)だ。二人とも理で始まってたから、俺はひっとって呼んで、向こうは一君って呼んでてな」 「りひと……神沢、理人……?」  何だろう。どこかで聞いたこと、いや、見たことがある。  ひっと。  その特殊な呼び方も。  脳内で反芻すればするほど、深い記憶の底が揺さぶられる。 「兄の一君と違って物静かで優等生だったらしいよ。でも一君を恨んでた人が腹いせに弟さんを殺したんだって。殺し屋まで使って」 「殺、された……? 殺し屋……?」  何かが閉ざされた記憶の壁をぶち破って這い出ようとしていた。脳が思い出すな、と警鐘を鳴らす。 「弟さんの部屋が燃えてて、一君が駆けつけたら、既に毒殺されてたんだって。苦しんだ様子もなかったから、最初は寝てるだけかと思ったんだよね?」 「お前はどこからそういう情報を……」  恐らく個人的に調べたのだろう、申し訳なさそうな顔をしながら事実を告げる花咲に対して、頭を抱えてそう言った先生に気を配っては居られなかった。  気付いてしまった真実に、体が小刻みに震え出す。  思い出した。いや、思い出してしまった。 『──ひっと? おい、起きろ。……ひっと? 理人!』  木造の一軒家を丸ごと呑み込むように燃え盛る火。その中で、喉を潰さんとするくらいに叫ぶ少年。 『誰だ……理人を殺したのは……』  憎悪に歪む顔。刻まれた復讐の声色。 『──殺してやる』  初めて向けられた明確な殺意。  もはやじっと座ってはいられなくなり、勢い良く立ち上がる。ガタン! と鼓膜を激しく震わす音を伴って、座っていた椅子が倒れた。 「藤原君?」 「どうした?」  呆気にとられた表情の花咲と先生に声を掛けられ、教室中の視線が俺に集まる。だが、俺にそんなことを気にする余裕は全くなかった。  まるで釘を打ち付けられたようにある人物から目を離すことができない。この、目の前に座る青年。  何故気付かなかったのか。神沢、という名前に。 『──神沢理人を殺してくれ』  脳内に鈍く響く闇の声。  神沢理人を殺したのは、  ──俺だ。

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