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 俺が殺人依頼掲示板で依頼を受け始めて少し経った頃。書き込まれる依頼のほとんどが冷やかしで辟易していたところに、ある依頼が舞い込んできた。 『神沢理人を殺してくれ』  標的の神沢理人は絵に描いたような優等生だった。成績優秀、運動はずば抜けて良いわけではないが、人並み以上。人当たりがよく、もの静かで優しい少年。友達も一定数おり、傍目で見る限り平和な学生生活を送っていた。  何をどう調べても、殺人を依頼されるほどの殺意を向けられる要因は何一つ無かった。  たったひとつ、兄の神沢理一を除いては。  理一は、普段はごく普通の高校生だったが、ひとたび彼の逆鱗に触れると手がつけられないほど暴れ回るような人物だった。その暴れようは、不良やヤクザの行動など可愛いものに見えるほどの凄まじさ。  ある時はカーブミラーをアスファルトから引っこ抜いて相手をぶん殴り、またある時は教科書がパンパンに詰まった机を片手で軽々と持ち上げ、相手に投げつけた。  そんな話を聞いて、好奇心で理一に喧嘩を売る輩も少なくなかった。しかし案の定、喧嘩を売った輩は理一に酷く痛め付けられた。  そうして理一にやられた者たちの怒りの矛先は、いつしか弟の理人に向けられていった。  自分たちが理一に喧嘩を売ったことがそもそもの原因なのを棚に上げ、何の罪もない理人を痛め付けて鬱憤を晴らしていたのだ。理一にはバレないように、普段服で隠れて見えない場所ばかりを狙って。  理人も家族を心配させないよう、何も言わず必死でその暴行に耐えていた。  それがある時、神沢理一にバレた。  自分の愛する弟の痣や傷だらけの体を見て、完全に理性を失くした理一は、無理矢理理人から危害を加えた奴らを聞き出し、片っ端からそいつらが動かなくなるまで拳を振るい続けた。幸いにも死亡した者はおらず殺人者になることは避けられたが、ほぼ全員に何らかの障害が残るくらいには凄惨な現場だったようだ。  その中で、唯一傷が軽かった一人が、やられた皆の為にと、俺に本人ではなく弟の方の殺人依頼をしてきたのだ。兄の心を殺すために。  静まり返る彼らの家に侵入して、実物を生で見たとき、俺は殺すのを初めて躊躇った。   月明かりに照らされた理人の寝顔は、見たこともないほど綺麗だった。顔立ちだけではない。恐らく人間性が外に滲み出ていたのだと思う。直感的に、この人を殺してはいけない、と思った。  だが、依頼は遂行しなければならない。受けた依頼は何であっても絶対に遂行する、というのが自分の信念だったからだ。もし遂行できなかった場合、今後舞い込む依頼がなくなることを恐れていたというのもある。  これは救いだ。今まで苦しんできた身体と心の痛みから解放されるのだから。  そんな自分勝手な大義名分を掲げ、せめて、綺麗で安らかな寝顔のまま逝けるようにと、即効性の猛毒を使った。苦痛に顔が歪んでしまうのを心配したが、苦痛を感じる前に理人は息絶えたようで、安らかな表情は変わらないまま、寝息だけが消えていた。  まだ温かな体に触れながらパジャマに隠されていた肌を露にする。正常な組織を見つけるのが困難なほど凄まじく痛め付けられた体が、月の光によって淡く俺の視界に浮かび上がる。服を元に戻し、理人の部屋から一番離れた部屋に火を放った。早く死体が見つけてもらえるようにと考えての行動だった。  そうして庭の木の陰に隠れながら、中の様子をじっと見ていた。もし万が一、家族が誰も火事に気付かなかった場合に理人を含めた家族全員を助けられるように。  だから、見ていたのだ。俺の眼は、その家にいた理一の行動も全て。

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