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 体中の血が騒ぎ、心臓が張り裂けんばかりにドクドクと脈打つ。あいつを殺せ、と。本物の血で、この汚れた体を更に汚せと。楽しそうに本能が俺に語りかける。  フェンスから手を離して、暴れだしそうな体を両手で抱くようにして必死に抑え込んだ。自分の体を自分の意思でコントロールできない状況に、焦りと苛立ちが募る。  駄目だ。ここで事件を起こすわけにはいかない。そんな俺の努力も虚しく、そいつは赤い髪を風に靡かせながら此方に向かってきた。 「……っ、くる、な……!」 「飛び降りようとしたのか」 「……っは……はぁ……来るなっ!」  喉から手が出るほど欲する憎き赤をまざまざと見せつけられる。あの赤が、欲しい。いや、あんなもの欲しくない。相反する思いがぐちゃぐちゃに混ざりあって、自分が何者かさえもあやふやになってくる。  熱い。衝動で体が焼けそうになる。  もう、抑え、られ、ない。  ぷつり、と理性の糸が切れた。目前にいる赤い獲物に向かって、ゆっくりと右手が伸びる。正確には、その首に向かって。俺の手が、そいつの首に届き──世界がぐるりと回った。  一瞬何が起こったのか分からなかった。何かを察知したのか、瞬時に本能が引っ込み、失くしていた理性が戻る。そこで漸く今置かれている状況が認識した。  右手首を掴まれている。背中の冷たくて固い感触は、アスファルトか。そして、網膜に映っているため考えなくても分かる、横たわる俺の上から被さる赤い髪。 「俺を殺そうとしたのか?」 「えっ……」  俺は手をゆっくり伸ばしただけだった。普通なら殺されるなんて思わないはずだ。きょとんとした顔をした俺を、鋭い目で見つめながらそいつは言う。 「場数は踏んでいる。殺意くらいすぐ分かる」 「殺、意?」 「無意識か。まあいい。だが、俺を殺そうとした罰だ」  ぐい、と顔を寄せてきたせいか、耳にそいつの息が掛かった。生理的な嫌悪感と共に、ぶるり、と体が震える。 「犯す」  今までよりも一層低い声でそう言うがはやいか、そいつは俺のつけていたネクタイを片手で器用に解き、俺の手首を頭上で纏めて縛った。抵抗する暇も隙もない、慣れた手順で。  男に犯される? 俺が?  言われた言葉の真意がよくわからずそいつの表情を確認する。先ほどまでとは違う、欲情を含んだ眼。以前女とヤっていた時によく見た眼だ。こいつは本気で、男の俺を性的に犯そうとしている。身の危険を感じて、身を捩って暴れた。 「っ! 外せ! 俺にそんな趣味はない!」 「俺も興味のない男には勃たないが……」 「だったら……!」 「お前には勃つみたいだ」  体を簡単に押さえ込まれ、そろ、と頬を撫でられて身震いする。  おかしい。狂っている。  そう叫ぼうとする前に、唇をそいつのそれで塞がれる。侵入させまいと力の入る歯列を舌がなぞり、反射的に開いてしまった入り口から口腔にそれをねじ込まれて、背筋に悪寒に似た刺激が走る。 「んん……! っは、んぅ……!」  舌、歯の裏、頬の裏や上顎まで全てを舐め尽くし、思う存分俺の口内を蹂躙して、満足したように舌が出ていく。ようやく新鮮な空気を吸えるようになって荒い呼吸を何度も繰り返す俺に、そいつは楽しそうにニヤリと口角を上げた。 「いい声で啼けよ」  それは、俺にとっての未知なる拷問が始まる合図だった。

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