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流石の赤髪も、突然現れた第三者の声を聞いて動作を止める。振り返る赤髪越しに見えたのは、さっき教室で会話を交わした戸田だった。戸田は俺の視線に気づいて目を丸くする。
「え、てかそこにいんのもしかして聖ちゃん?」
「戸田……っ!」
「知り合いか」
入口の方から駆け足で近付いてくる戸田を見ると、視界が余計に滲んだ。闖入者の登場に気を削がれたのか、赤髪は掴んでいた俺の腰を手放し、萎えた自身を下着の中にしまって服装を整える。その背後から、戸田の心配そうな顔が覗いた。
「あー泣いてる。聖ちゃん襲いたい気持ち分かるけど、実行しちゃ駄目だよー。聖ちゃんはみんなのアイドルなんだからさー」
「聖……?」
「……あれ、名前も分からずに襲ったの? やることえぐいね君」
赤髪の反応に対する不自然な一瞬の間。先程までとは違い、戸田の声に感情がなくなったことに気付く。瞬きを繰り返して幾分かクリアになった視界に映る戸田は、笑顔だが目は笑っていない。教室で見たときには大きく開いていた目が、すう、と細められるのを見て、背筋が寒くなった。
何を考えているか分からない目に、得体の知れないものに対する恐れを抱く。
赤髪も同様の感想を持ったのか、戸田に視線だけを向けていた顔を歪ませ、眉間に皺を寄せて右目をつり上げる。辺りに満ちた不穏な空気を察して、赤髪が振り返りながら立ち上がった。
「何か用か」
「いや、ただの暇潰し。りっちゃんから逃げてきたとも言うけど」
「なら──」
「でも気が変わった。聖ちゃん泣かすとか死ねばいいと思うよ」
言うが早いか、戸田は赤髪の懐に潜り込み、鳩尾に拳を入れる。一瞬反応が遅れた赤髪は、拳に合わせて体を引いて寸での所で直撃を避けた。
「っ!」
「あぁ、なかなかやるじゃん」
「お前……何者だ」
「人間だけど。それ以外に表しようがないなあ」
へら、と笑って予備動作なしで回し蹴りを繰り出す戸田。それを赤髪は両腕で受け止め、そのまま足を掴もうとする。しかし、その手は空を掴むだけに留まった。素早く距離をとって赤髪から逃れた戸田が、空気を握らされた赤髪の拳をその目に映し、挑発的な笑みを浮かべた。
「おっと、残念」
「……っ」
赤髪が憎々しげに戸田を睨む。だが、飄々とした態度を崩さない戸田を見るに、赤髪の睨みは全く効いていないようだ。
「誰か来るといけないし、もう終わらそうか」
またあの笑みだ。細められた目だけが笑っていない。自分の姿も忘れて、俺は戸田と赤髪の喧嘩に見入っていた。
「本当は使いたくないんだけど……」
「……?」
戸田がポケットの中身をいじりだす。俺と、恐らく赤髪もクエスチョンマークを頭の上に浮かべた瞬間、
「そんじゃさいなら」
という声と同時に辺りに白い煙が広がった。
「ごほっげほっ!」
煙を吸い込み、噎せかえって咳をする俺と赤髪。すると誰かに体を抱き起こされ、口と鼻を押さえられた。
「んんっ!」
「(……あー静かに)」
耳元で声が聞こえた。戸田だ。口と鼻を押さえているのは、感触からするとタオルのようだ。
「(……今から外出るから)」
「んん……!」
バタバタと縛られている腕を振る。戸田はそれに気付いたのか、片手で素早くネクタイを解いた。自由になった手で、散らばった衣服をかき集める。片手でそれらを持って、もう片方で渡されたタオルを使って自分の口と鼻を塞ぎ、そのまま戸田に腕を引っ張られて屋上を後にした。
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