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「重宝って、いつもあんなことを?」 「まあ手っ取り早く済ませたいときは催涙ガスとか睡眠ガスとかまき散らすねー。あとナイフとか使われても肌傷つかなくてすむし」  未だにぷらぷらとガスマスクを揺らしながら、器用なウィンクをしてみせる戸田。恐らく相手が女子であればそれだけで落ちてしまうのだろうが、生憎目の前にいるのは男の俺だ。 「お前……盗みでもやってるのか」  眉間を押さえながら溜め息を吐けば、戸田はわざとらしくチッチッチ、と舌を鳴らしながら人差し指を左右に振る。 「俗に言う族潰しですよ。俺がやってたのは」 「族潰しって……、暴走族か?」 「んま、そんなんとか。調子乗ってる族を叩いて大人しくさせるとか、そんなの」  どうしてそんなことを、と聞けば、色々あってね、と戸田が眉尻を下げて肩を竦める。 「一人でやってるのか?」 「俺友達いないからさー」  あんなコミュニケーションの塊みたいなファーストコンタクトをしてきたくせに、何をいっているのか。疑わしげな俺の表情に、戸田は素直に「まあ友達はいたけど一人の方が色々楽だから」と笑った。 「一人で大丈夫なのか」 「平気平気ー。こっちには色々道具あるし。ヤバいとこ行く時はりっちゃん駆り出してたし」  りっちゃんいれば千人力! とはしゃぐ戸田の声が遠くに聞こえ始め、次第に眼前にまたあの光景が蘇る。視界が、赤とも橙とも言えない複雑な色に染められていく。  先生に会うのが、怖い。もう一度会って、今度こそあの時の殺人者が俺だと見破られるのが、怖い。これ以上、誰かの人生を壊してしまうのが、途轍もなく恐ろしい。  突然押し黙って俯く俺の顔を、笑顔から一転、心配そうな表情に変えた戸田が覗き込む。 「ごめん、りっちゃん怖い? 怖いよねあれだってサイボーグだもんね化け物だもんね人間じゃないもんね怖いよね分かる分かる俺もなんであれがキャーキャー言われんのかわかんない絶対俺の方がいい男」 「息継ぎしてくれ」  会話中に酸素不足で死亡なんか、洒落にならない。先生に対する誤解は解いておこうと、無理矢理作った苦笑を顔に貼りつけて戸田に言った。 「神沢先生に怯えてるんじゃないから」 「へ?」 「とにかく、さっきは助かった、ありがとう。あ、俺が屋上に居た事は内緒に──」  早くこの場を立ち去りたくて、まくし立てるように言えば、途中で口を塞がれた。口ではなく、手で、だ。そんな何回も男にキスされてたまるか。  言葉を発するのを止めたのか確認するように、少しずつ口を塞ぐ力が弱くなり、完全に戸田の手が顔から離れる。 「あんなところで、何してたの?」 「……空を見に……」 「俺ね、俺様な奴ら嫌いだよ。でも、嘘吐く奴の方がもっと嫌い」  真剣な眼差しでそう言われて、俺は思わず戸田の顔から視線を逸らした。しかし、顔を手で挟まれて無理矢理前を向かされる。 「質問してるの。答えて」 「……っ」  首の痣に関しては深く追及してこなかった戸田が、今度は明確な答えを聞くまで引く様子を見せない。本当のことを言うまで、こいつは追及し続けるのだろうか。しかし、死のうとしていたなんて、今日会ったばかりの他人に言えることではない。  またチャイムの音が聞こえてきた。廊下にあった喧騒は消え、再び静寂な世界が訪れる。 「言えないようなことしてたの?」 「……してない」 「じゃあなんで嘘吐くの? 言えないことじゃないんでしょ?」 「それは……その……」 「言い訳なんて聞きたくない」  あまりにしつこく聞いてくるもんだから、自分のしようとした行動を告げることで、相手にどんな傷を残すのかを考えるのも面倒臭くなり、自棄になった。 「──飛び降りようとしたんだよ!」  吐き捨てるように叫んで、固まる戸田の手をはたき落とし、俺はその場から逃げ出した。  

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