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言うつもりじゃなかった。あんな顔をさせるつもりはなかった。あんな、酷く傷つけられたような顔を、なんでお前が。今日会ったばかりのお前が、何故。
「くそっ……、クソッ!」
今まで出会ってきた人間と、ここの人間は違いすぎる。他人に関心がないか、蔑んだり憎んだり弄んだりすることしかできない人間しか、見てこなかった。なのに、ここの奴らは会ったばかりの人を簡単に信用して、傷ついて、そして、優しい。
先程の行為でぐったりとする体に鞭を打ち、全速力で廊下を駆け抜け、教室に飛び込む。
「……っはあ……はぁ……」
ドア近くの壁に手をついて、切れ切れな呼吸を繰り返しながら教室を見渡すと、何事かと目を丸くしたクラスメイトたちが俺を見ていた。教壇に立っている神沢先生も、生徒たちと同じような表情で俺を凝視している。その表情が、弟が死んだことに気付いたあの時の表情と重なって、ぎゅう、と胸が激しく締め付けられる。咄嗟に先生から視線を外して、荒い息を続けたまま自分の席へ向かう。
「ふ、藤原、もう大丈夫なのか?」
「ッ……帰らせてもらいます」
「は? おい待て!」
自分の荷物を乱暴に掴んで、駆け足で教室を抜け出す。その教室から「後は自習だ!」という声が聞こえて、廊下に足音が響いてきた。
「待て藤原!」
「待てって言われて待つ奴なんか居ません!」
「テメェ……逃げんなああああ!」
その言葉の直後、俺の顔の横を何かが猛スピードで駆け抜けていった。ヒュッという風を切る音が間近で聞こえ、風圧で傷がついたのかぴり、とした鋭い痛みが右頬に走る。突き当たりの壁にぶち当たってドガシャンッ! と派手な破壊音を立てたのは、先ほどまで教室にあったであろう机だった。
有り得ない。まず机が飛んでくるってどんな世界なんだ。
凄まじい音に相応しい壊れっぷりに本能的な恐れを抱き、一瞬走るスピードが遅くなる。どんどん近付いてくる足音に気付いた時には既に遅く、スピードを上げようとした瞬間に肩を掴まれた。
「つーかまーえた」
「は、離せ!」
俺の肩をつかんだ腕を引いて自分のほうへ向かせ、背後に般若を携えながら笑顔でそういう先生を、思わずどもりながら拒絶する。だが、俺の言葉を鼻で笑った先生は、暴れる俺をいとも簡単に潰れた机がぶつかった壁まで連れていき、そこへ押し付ける。そして片手で俺の両手首を掴んで頭の上へ固定した。
「走れるくらい元気なのに何が帰らせてもらいますだァ?」
「精神は崩壊寸前なんです。それに……っ」
「何だよ?」
「……とにかく、俺は休みたいんです!」
「ほう? 保健室は休むところじゃなかったか?」
「ッ!」
マズい。墓穴を掘った。
ぎくり、と体を強張らせた俺に、先生がしたり顔でずい、と顔を限界まで寄せてきた。
「どこで何してたんだ?」
「……」
「なあ?」
「ぁ……」
痣をなぞるように首筋を舐められた。ぞわっと肌が粟立つ。
「言わないとお仕置きだぞ?」
「お仕置きって、ぁっ、……んッ」
先生が俺の息子をズボン越しに撫でた。予想していなかった刺激に、口を閉じるのが間に合わず声が漏れてしまう。
いや待て何してんだこの人。
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