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 暫く無言のまま時間が過ぎた。重たい沈黙だったが、気まずさは感じなかった。沈黙に後押しされて、今までの自分、そしてこれからの自分を見つめて、ぐちゃぐちゃになっていた気持ちをゆっくりと整理していく。恐らく、先生も。  いくらか整理がついた頃、授業終了のチャイムが校舎に響き渡り、今が授業中だったことに気付く。 「あ、授業……」 「初日くらいいいだろ」  呟いた言葉に、先生は慌てる様子もなく平然とそう返した。 「先生ですよ、途中で放ってきてましたよね」 「あー、自習っつったし、何とかなんだろ」  何でそんな楽観的なんだ。そう心のなかで突っ込んだのが分かったのか、先生はいたずらな笑みを浮かべる。 「俺も先生の中じゃ問題児だからな。みんな諦めてるだろうよ」 「子供扱いっすね……」  何故か自慢気な物言いに苦笑する。そんな俺の腹が、子どものようにきゅるーっと大きく鳴った。慌てて押さえても遅い。真横にいた先生には丸聞こえだ。  先生はくくっ、と喉を鳴らして、優しげな表情で俺を見る。 「高校生だもんな、すぐ腹へるよな。食堂か?」 「いや、花咲が弁当作ってくれてるんで」 「ああ、そうか。俺も食うからちゃんと残しとけよ」  先生は、立ち上がりながら真面目な顔でびしっと指を俺に向かって差す。冗談なのか本気なのか、何とも言えない圧力に、はあ、とだけ返した。 「さて、さすがに先生方には謝んなきゃいけねえかな。あと、放課後お前残っとけ。話がある」 「あ、はい」  頷いた俺の頭をぽんぽん、と軽く叩いて、「首のそれ、何とかしろよ」と言い残して先生は職員室に向かっていった。 「何とかしろって言われてもな……」  首を擦りながら呟く。頼りのネックウォーマーは屋上だ。今から取りに行ってもいいが、まだあいつがいる可能性がある。面倒なことは避けたいし、出来ればあいつの髪は目に入れたくない。  とにかく一旦教室に戻ろうと、立ち上がるために左手を床に着こうとする。  と。   ガチャ、 「あっ」  何か押し潰したかと思って手の方を見ると、精液のかかった潰れた机が、その存在感を露骨にアピールしていた。さすがに精液だけでも処理しようと思ったが、戸田に借りたタオルは戸田の所に置いてきたし、先生はご丁寧にティッシュを持っていった。  あー、どうしようか、これ。  結局五分くらい悩んで、近くにあった空き教室らしき所に放り込んでおいた。昼休みにでも拭きに来ることにしよう。あと、机は修復不可能なくらいの潰れ方、所謂木っ端微塵だった。やっぱりあの人は人間じゃない。  俺が教室に姿を見せると、「藤原君!」という声と共に花咲が自席から駆け寄って抱き付いてきた。ぎゅー、と顔を俺の体に押し付けるから、窒息するぞ、と頭を撫でたら、ばっ、と花咲が顔を上げた。  うっ、泣いてる。  花咲は目に涙を今にも溢れそうな程を溜めている。 「先生とどこ行ってたの? 大丈夫? 半殺しにされてない?」 「あー……、俺は大丈夫」 「ほんと? 凄い剣幕で追いかけていってすっごい音も聞こえて、それから全然二人とも帰ってこないんだもん! もう生きて会えないかと」  花咲の言い種に、先生が今までどんなことをしてきたのか容易に想像がつく。いや、この想像は外れであってほしいような気がする。 「ちょっと慰めてもらっただけだ。腹減ったから早弁したいんだが、いいか?」  頭を撫でながらそう言えば、花咲はぱあーっと顔を輝かせて、俺にしがみついていた手で俺の手を掴んで、席に連れて行った。涙はいつの間にかどこかへ行ったらしい。

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