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 座って座って! となんだか楽しそうな花咲に言われるがまま自分の席に座れば、机の上にどん、と布に包まれた大きなものが置かれる。 「藤原君がどれだけ食べるか分かんないから、とりあえず多めに作ってきたんだけど……」  そう言いながら花咲が布の結び目をほどけば、出てきたのは三段重ねの重箱。重箱なんて正月のお節くらいでしか見たことがなかった。 「す、すごいな……」 「とりあえず一番上が早弁用、下二つがお昼ご飯用のつもり!」  人並みに食べる方ではあるが、それでも果たして食べきれるのだろうかと心配になるほどの存在感。  どうぞ、と花咲に促され、恐る恐る重箱の蓋を開ける。 「おお……」  開けた瞬間、目に色とりどりのおかずが飛び込んできた。よくこんなにも多彩な料理が朝から作れるな、と感心する。  俺の反応を見て気を良くしたのか、花咲が更に笑顔になった。その純真な笑みを見ていると、先程までの出来事が嘘のように思えてくる。  休み時間もあと半分といったところだったので、箸も花咲から貰って、早速弁当を食べ始める。 「美味いな……」 「へへっ、ありがと」  思わず呟いた俺の言葉を聞いて照れたように花咲が笑うと、クラスの何人かが前屈みになって教室を出て行った。そんなにトイレを我慢してたのか。  あまりの美味さに、あっさりと重箱の一段目を完食する。母の料理も美味かったが、もしかしたらそれ以上かもしれない。 「御馳走様。美味かった」 「お粗末様。ありがとう! 量はどう?」 「丁度良い。ありがとな」 「どういたしまして!」  そんな会話を続けていたら、授業開始のチャイムが鳴り響き、別の教科の教師らしき人が教室に入ってきた。慌てて重箱を元に戻し、花咲に返す。 「また昼にな」 「うん! お昼も楽しみにしてて!」  満面の笑みでそう言った花咲が、何かを思い出したような声を上げた。何やら鞄を手で探って、「あった」と言いながら出してきたのは屋上に忘れたはずのネックウォーマー。 「静利君がね、忘れ物だって届けてくれたの」 「戸田が……」  俺が去ったあと、もう一度屋上に戻って探してくれたのだろうか。 「暑いから外しちゃいたいよね。でも目をつけられたらまずいから、ね?」  苦笑いしながら花咲がネックウォーマーを渡してくる。その表情と雰囲気からして、俺が襲われた事実は告げられていないらしい。 「戸田は……?」 「もう一回保健室戻るっていってたよ。なんか怪我してたし……」  口ぶり的に、俺は保健室にいたことになっているようだ。どこまでも俺を気遣ってくれている戸田に、あんなことを告げて逃げたことに申し訳なくなる。  しかし、怪我をしていたとはどういうことだろうか。まさか、あの赤髪に。  今すぐ容態を見に行きたい衝動を抑えつつ、ネックウォーマーを頭から被る。花咲がそこまで慌てていないということは、酷い怪我ではないだろう。次の休み時間か昼休みにでも様子を見に行こう。 「はい、それでは授業を始めます。教科書二十三頁を──」  出欠確認を終えた教師が、教科書を開きながら黒板に何やら数式を書き出した。四ヶ月ぶりの光景に感じた日常を噛み締めつつ、数学教師の言葉に耳を傾け、ノートにペンを走らせた。

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