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 午前の授業が終わって昼休みになると、ぞろぞろと生徒たちが出ていって教室は疎らになった。男子ばかりというのもあるだろうが、食堂が無料というのが大きいのだろう。自炊をする生徒はごく少数のようだ。  戸田は売店で何か見繕ってくると言って出ていった。花咲が言うには「静利君が教室で食べるのは滅多にない」らしい。花咲は俺がいるからだ、と言っていたが、恐らく、食堂にいけば赤髪がいるかもしれないからだろう。  ちなみに売店も食堂と同じく無料。むしろ、ここで何かを手に入れるのに金を払うことは一切ない。つまり、物好きな出資者たちの援助で、俺たちの生活は成り立っているということだ。いい気はしないが、ここで過ごすためにはその事実を受け入れる他ない。 「はい、お弁当」 「ん、サンキュー」  花咲から重箱を受け取って、早弁で食べた空っぽの一番上の箱を退けると、二段目にもこれまた美味しそうなおかずが並んでいた。一番下は一面の炊き込みご飯。ここまで来ると金が取れるレベルだと思う。  小さめの弁当箱を広げて食べ始めた花咲と共に、本日二度目の花咲のお弁当に舌鼓を打っていると、遅れて神沢先生が教室にやってきた。迷いなく花咲の横の席に腰を下ろすと、花咲がもう一つ弁当箱を鞄から出した。まさか、先生の分まで作っているのか。 「はい」 「おー」  花咲から差し出されたそれを当然のように受け取って、先生は昼食を取り始めた。思わず花咲に「これ、いつもなのか」と耳打ちすると、花咲は「一君ほっといたら肉ばっか食べるから」と呆れたような顔で答える。花咲は先生の母親か何かなのか。  花咲の主夫力に感心していれば、戸田が楽しそうに袋を下げて戻ってきた。が、先生の姿を認めた戸田は、すぐに顔を青ざめさせて、口だけを動かして、げっ、と溢す。俺は目で見て認識した言葉だったが、先生の耳は何かに反応したようにぴく、と動いた。 「どうした静利ー? なんか文句あんのか?」 「やだなーないない何にもないよほんとほんと」  穏やかな表情とは裏腹に、ドスの利いた声で問いかける先生に、戸田は顔の前でぶんぶんと手を左右に振りながら早口で捲し立てる。そのままそそくさと忍者のような動きで自席に着いた戸田を、先生は目で追いかけ、自分の口の端をなぞりながら右眉を軽くひそめた。 「余計なことに首突っ込んでねえだろうな?」 「へ? な、何のこと?」  言外に感じる圧力に負けたのか、戸田は言葉ではそう言いつつも、びくっと身体を震わせたことで不自然さが出てしまっていた。無意識に俺も生唾を呑み込んでいたようで、先生の探るような視線を一瞬感じて、ぎくり、と身体が強張る。 「……静利、お前も放課後藤原と一緒に来い。話がある」 「りっちゃんからのお呼び出しはやばいって……」  過去に呼び出された経験があるのか、そう言った戸田の顔がさらに青ざめたのを見て、この呼び出しが実はとんでもなく恐ろしいものなのではないかという疑問が脳裏にちらついた。顔から血の気が失せていくのが自分でも分かる。先生はそんな俺たちの反応を至極楽しそうな笑顔で眺めていた。

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