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 黙り込んだ俺に乗せている手で軽く頭を叩き、先生は戸田に視線を移す。視線を向けられた戸田は、きゅっと口を引き結んで迫り来る恐怖を耐えようとしていた。 「静利、お前はもうちょっと喧嘩する相手を選べ」  教室のときとはうってかわって、子どもを諭すような話し方をする先生。戸田は意表を突かれたように目を丸くして、やがていじけたように口をへの字に曲げた。 「……向こうが悪いんだもん」 「お前が無闇に人に喧嘩を吹っ掛けるようなタイプじゃないのは分かってる。でも相手が相手だ、間違えれば死ぬんだぞ?」 「でも……でも……」  ちら、と戸田の目が俺を見る。その視線から、戸田がやはり赤髪とやり合って怪我したのだと悟った。 「俺を呼べ。お前だけで解決しようとするな」  有無を言わさぬ強い口調。戸田は暫く視線を泳がせ、その後、項垂れて小さく了承の返事をした。 「お前も気を付けろよ、藤原」  先生の言葉に、しっかりと頷く。赤髪は並みの相手ではない。Sクラス、というところから俺と同等、いや、それ以上に人の道から外れた輩だと分かる。自分だけならまだしも、今回の戸田のように自分に関わる人にまで危害が及ぶのは御免だ。 「話は以上。さあ帰った帰った」  先生はそう言いながら、俺と戸田の腕を引っ張りあげて椅子から立たせ、俺たちの背中を押して扉の方へ押しやった。扉を開けると、爽やかな空気が流れ込んでくる。 「明日はちゃんと授業出ろよ」 「先生も」  最後に軽口を叩けば、先生はにやり、と口の端をあげて扉を閉めた。  一瞬の静寂の後、俺たちはどちらからともなく足を踏み出して、自分たちの教室へ向かう。 「りっちゃん、優しいとこあるんだなあ」  歩きながらぽつりと呟いた戸田の言葉には、皮肉は全く含まれていなかった。今までさぞかしこてんぱんにやられてきたのだろう。 「生きて帰れてよかった」 「ほんとに。今回こそまじで死ぬかと思ったー」  俺呼び出しされて無傷で帰ったの初めて! と続けた戸田に、思わず吹き出してしまった。今まで何をやらかしてきたんだこいつ。 「いやまじでりっちゃん横暴だかんね!?」 「分かった分かった。今回は俺のせいだからな、すまなかった」 「ううん、俺が勝手にしたことだもん。聖ちゃん守れてよかったよ!」  やっと戻った戸田の笑顔に、俺も思わず頬を緩ませた。と、同時に、俺と戸田の名前を呼ぶ声が廊下の先から聞こえてくる。 「藤原君! 静利君!」  声と共に走ってきたのは花咲だった。先に帰ったものだと思っていたが、律儀に待っていてくれたらしい。 「大丈夫? 怪我とかしてない?」  俺たちの身体を色んな方向から見ながら本気で心配する花咲に、今度は戸田と一緒に笑い声を洩らしながら、大丈夫だ、と返答した。 「優しかったぞ、神沢先生」 「そっか、よかった!」  安堵の表情を浮かべた花咲の頭をぽんぽん、と叩いて、「帰ろうか」と促す。元気のいい肯定の返事が、夕日が射し込む廊下に小気味良く響き渡った。  

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