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「──あ」  見て、しまった。体をくの字に折り曲げて目を見開きそのまま倒れ行く戸田に向かい合うようにして立つ、あの赤を。俺を射抜く矢のような視線を伴って、その赤はそこへ佇んでいる。  どくん、と。  感じ慣れてしまった、いつものやつがやってくる。先程までの震えとは違う、抑えきれない鼓動の昂りによる震えが全身を襲う。 「……っ、花咲、俺から、離れろ」  片手で顔を覆い湧き上がる欲望を抑えながら、花咲の体を強く押す。突然押された花咲は、自分の体を支えられず尻餅をついた。俺はそれをぼんやりした目で見ながら、椅子からふらりと立ち上がり、よたよたと校庭を背にして窓に凭れかかる。  息が荒い。一瞬でも気を抜くと、すぐに飲み込まれてしまうだろう。 「……っ、はっ……」  抑えろ。他のことを考えろ。何でも良い、他のことを。  そう自分に言い聞かせれば、  殺せ。  皆殺しだ。  血をくれ。 と、本能が叫ぶ。  赤髪が、俺へと足を一歩一歩踏み出し始める。ぎらぎらと輝く赤を背負って、欲望に塗れた眼球を俺に向けて。  赤髪から、目が離せない。これ以上見たくないのに、俺の目は脳の信号を無視して、赤髪の視線を受け入れ続けている。  見るな。  俺を見るな。  生きたその目で、俺を見るな。  その眼前に、新鮮な血をぶちまけたいと思ってしまうから。  お前を、全てを、真っ赤な世界に染め上げてしまいたいと思うから。 「見るな……!」  意識が本能に呑まれる刹那、辛うじてそう叫んで、俺は背に着いた窓から後ろ向きに身を投げた。あの場から、これ以上誰も傷付けないようにするには、そうするしかなかった。  大声で俺の名前を叫びながら窓から身を乗り出し、腕を俺に向かって伸ばす花咲を見ながら、俺は四階の高さから死の世界へと落ちていく。  先生との約束を破ってしまった。その事だけが心残りだった。俺が消えたら、先生は何を戒めとして生きて行くのだろう。花咲が、先生に寄り添って生きてくれればいいのだが。  地面にぶつかる前に、ゆっくり目蓋を閉じる。  父さん、母さん。俺、もうすぐそっちに行くよ。  次は、普通に生きたいな。  次が、あれば。

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