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 ◆  神沢が、話し合いと銘打った教師同士の愚痴大会からやっと抜け出せたのは、昼休憩が半分ほど終わった頃だった。 「はー……疲れるぜいつもいつも……」  この学園には、生徒に対していい印象を持っている教師は殆どいない。ここはいわば犯罪者たちの巣であり、授業が成り立つクラス自体ほぼなく、教師としての矜持を踏みにじられることもしばしばあるため、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。幸い神沢はその力や性格のためか、慕っている生徒も多いので、あまり学園内で不自由したことはなかった。  今日も一人の教師が生徒の愚痴を話し始めたが最後、その話題だけで時間が潰れてしまった。この調子だと昼休憩が無くなってしまうと危惧し、神沢は色々理由をつけて抜け出してきたのだ。  先程から何か食わせろと唸り続ける腹を押さえながら、自身の担当しているクラスの教室へ向かっていたとき、聞き慣れた声が神沢の耳に飛び込んできた。最近転入してきた生徒の名前を叫ぶその声は、どう解釈しても尋常ではない事態であると告げていた。 「おい、どうした!?」  慌てて教室に駆けつけた神沢が、入り口近くで蹲る戸田と、窓の方を見て棒立ちしている赤い髪の生徒、窓に身を乗り出している花咲を順番に見る。そして、もう一人いるはずの生徒が、この場に居ないことに気付いた。 「まさか……」  窓の方へ駆け出し、微動だにしない花咲を押し退けるようにして、神沢が窓の下を見る。 「藤原……ッ!?」  血溜まりの中で人間が倒れている。それは紛れもなく藤原だった。何が起こったのか、それを考えるのは後回しだと、辛うじて残っていた理性が神沢へ忠告する。 「圭佑、これで救急車呼べ! 早く!」  神沢が目を見開いたまま不規則な呼吸を繰り返す花咲の顔を左手で下から掴んで、自分のスマートフォンを目の前に翳して叫ぶ。  神沢に与えられた刺激によって、何とか自我を取り戻した花咲が、震える手でそれを掴んだ。手からスマートフォンが離れると同時に、神沢は全速力で教室を後にする。普段は生徒たちに走るなと注意している廊下を、自分が出せる限界のスピードで疾走した。途中、向かい側から歩いてくる鈴木と長谷川を目にすると、神沢はスピードを緩めることなく二人に大声で呼び掛ける。 「お前ら! Eクラスにいけ!」 「え?」  突然神沢からそう伝えられた鈴木と長谷川は、一瞬目を丸くして顔を見合わせたが、すぐにただ事ではないのを察知したようで、鈴木が「分かった!」と階段に消えていく神沢へ返答した。  その声を聞きながら、神沢は生徒たちを押しのけ、階段を駆け下りる。 (頼む、生きていてくれ……!)  理人の命を奪った分、生きてほしかった。理人の過ごせなかった時間を、過ごしてほしかった。そう、約束したのに。   藤原は死ぬかもしれない。  いや、既に死んでいてもおかしくない。あの高さから落ちたのだ。更に、上から見ても血溜まりだと認識できるほどの出血。生きている方が奇跡とも言える。  最悪の場合を想像して慌てて脳内からその考えを消す。その奇跡を信じ、一階に着いて窓の下を目指して走った。 「っ……、藤原!」  藤原はコンクリートの上に仰向けに倒れていた。腕や足はあらぬ方向を向いて投げ出されている。少し遠くても強烈に臭う鉄錆の臭い。その発生源である血の海は、藤原の体と地面を赤く染め上げながら、未だに止まることなく広がり続けていた。肉が辺りに飛び散っていないだけまだましにも思える凄惨な光景を目にして、神沢は絶句するしかなかった。  こんな姿で、生きていられる訳がない。

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