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「藤、原……」  それでも、どうしても諦めきれず、からからに乾いた口を動かして、神沢はもう一度だけ掠れた声で呼び掛けた。これで何も反応がなければ、それは即ち。  呼び掛けたその瞬間から、時間が止まったように感じられた。永遠に時間が止まればいいと、神沢は心の底からそう思った。そして気付く。神沢の呼び掛けに反応するように、微かに右の人差し指の先がぴく、と動いたことに。慌てて藤原の体に顔を寄せれば、本当に辛うじてだが、薄く上下する胸と、微かな呼吸が確認できた。  生きている。まだ、この世にその命を残している。  急いでポケットに突っ込んでいたハンカチをカーゼ代わりに頭部の裂傷部分に宛がい、強く押して止血を試みた。みるみるうちに赤黒く染まる布から、吸い切れなかった血が神沢の手を汚しながらぽたぽたと落ちて、血の海の面積を少しずつ増やしていく。藤原の命の欠片がこの手から零れていくように思えて、神沢は無意識に歯軋りをした。 「神沢せんせー! 藤原は!?」  後ろから声が聞こえて神沢が振り返ると、つい先程廊下で声をかけた鈴木が神沢に駆け寄ってきていた。 「生きてる! 救急車はまだか!?」 「圭佑が呼んでた! 戸田も倒れてたけど、あいつどうすんの!?」 「生きてりゃそれでいい、こいつと合わせて病院に連れていく」  返事の代わりに、天に向かって鈴木が「漣! 静利も連れてきて!」と叫ぶと、ちょうど真上の四階の窓から長谷川が顔を出し、右手で丸を作ってそのまま引っ込んだ。  急務を終え、藤原の状態をその目で確認した鈴木が、顔をサーッと青ざめさせる。流石に自分の知り合いが物理的衝撃によって崩れた姿になっているのは、鈴木には刺激が強すぎたらしく、半開きになった口が細かく震えている。 「あまり見ない方がいい」  鈴木の視線から藤原を消すように、神沢は体を動かして鈴木の目の前へ移動した。いつの間にか止まっていた呼吸を、思い出したように肩を上下させながら繰り返す鈴木に、神沢が落ち着け、と声をかけていると、サイレンの音が辺りに響いてきた。その直後、足を縺れさせながら走ってくる花咲を、神沢はその視界に映す。 「一君、救急車もう来る!」 「中に入ってくるか?」 「うん!」  花咲のその言葉通り、段々大きくなるサイレンと共に、花咲の後ろから救急車が現れた。藤原が担架で救急車に乗せられている間に、花咲が救急隊員に細かい事情を説明する。手隙になった神沢は、サイレンの音を聞いて続々と集まりだした生徒たちに教室に戻るよう指示して回った。しかし、神沢の手や服に付いた尋常ではない血の汚れが生徒たちの好奇心を煽る材料になり、更に野次馬の数は増えていく。  その野次馬から離れたところに佇む、神沢を汚す血の色に似た髪色が目立つその生徒に、神沢の目はすう、と吸い寄せられた。何故かEクラスにいた、名前も知らないその生徒と神沢の目が合う。 「────」  生徒の口が、何かを伝えるようにゆっくりと動いた。そして、踵を返して生徒はその場から立ち去っていく。 「……いかせるな?」  生徒の口の動きの通りに自分でも口を動かして、出てきた言葉。その真意を考える暇もなく、神沢は救急車の出発まで野次馬の解消にあたる他なかった。

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