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 教室から人が沢山いる廊下に出ると、花咲がくいくい、と俺の半袖シャツの裾を引っ張った。賑やかな廊下で声を出しても聞こえないだろうと思い、花咲に向かって首を傾げることで返答する。すると、花咲は目的地とは反対方向を指差して、もう一度裾を引っ張る。向こうは学級の教室がなく、人も少ない。思惑は分からないが、花咲は意味のないことはしないはずだ。大人しく花咲の言う通りに指差された方へ歩き出した。  教室から離れるごとに音量を下げていく喧噪が、ほんの鼻歌くらいになった頃、漸く花咲が口を開いた。 「ごめんね、遠回りさせちゃって」 「何か理由があるんだろ?」  花咲は辺りを見回して、誰もいないのを確認してから、声を抑えて言葉を吐き出した。 「さっきの松下君、気を付けた方がいいよ」 「ああ……そうみたいだな」  先程の松下の視線を思い出しながら同意すると、花咲は目を丸くして何度か瞬きをする。この反応はどういうことだろうか。 「なんだ、気付いてたの?」 「気付いてたって……さっきの視線じゃないのか?」 「さっきもだけど、今月入ったくらいからずっとだよ」  花咲に指摘されて記憶を探ってみるが、そもそも自分の興味がないものに対しては注意を少しも払わないので、全く覚えはなかった。それが表情に出ていたのか、花咲はやれやれといったように溜息を吐いた。 「僕の方がここ長いから、松下君が来た時から知ってるけど、結構嫉妬深いんだ。しかも、自分は手を出さずに周りの取り巻きにやらせるんだよね」  周りも厄介でさ、と話す花咲の声には、どことなくいつもより険が在るように感じる。もしかしたら、花咲もその標的になったことがあるのかもしれない。 「特に厄介なのが立原(たちはら)君と山中(やまなか)君。見境なく手を出すの」 「喧嘩っ早いのか」 「違うよ、セックスしてるってこと」  純情な小学生のような風貌の口からストレートな性の言葉が出てきて、俺はつい咳き込んでしまった。大丈夫? と慌てて俺を心配する花咲に、手だけで問題ないことを伝える。如何にもそういうことを言わなさそうな奴から放たれる直球な言葉は、普通以上に衝撃がある。 「それはまた……、難儀だな」 「藤原君は大丈夫だと思うけど、用心するに越したことはないよ。卑怯な手をどんどん使ってくるから」 「あくまで推測なんだが……被害にあった口か?」  俺の恐る恐るながら無粋な推測の問いに、花咲は首を振りながら未遂だよ、と苦笑する。未遂とはいえ、狙われたのは確かだ。これ以上嫌なことを思い出させないように、俺より幾分か低い位置にある花咲の頭をそっと撫でれば、俺の気持ちを汲んだのか、花咲はありがとう、と照れたように笑みを零した。 「忠告サンキューな。気を付ける」 「うん。何かあったら、一君でも僕でもいいから、すぐに相談してね」  どこまでも優しい花咲に、俺も表情筋を緩めて軽く頷いた。

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