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「戸田を連れて行かないといけないのか」
それは少し困るかもしれない。仕切る人がいなくなるのと、絶対に余計なことをするだろうという理由が半分ずつ。
「僕、どうせ外行ってる時間ないし、静利君の代わりに仕切るよ」
布の入ったビニール袋を目の高さまで持ち上げながら、肩を竦める花咲。
「じゃあ俺が監視役で行くしかないか」
幸い、俺に今振られている仕事は買い出しだけだ。教室に帰れば俺はフリーになる。花咲の負担が少なくなるように、戸田の尻を叩いてさっさと終わらせてしまおう。
「それがいいかもね。他の人だと静利君と同調しちゃうし」
言いながら、花咲が苦笑する。ここまで性格が偏っているクラスも珍しい気もするが。
四階まで上がり、買い出しに行く前よりも人が増えてごった返している廊下を、生徒たちの隙間を縫いながら教室に辿り着くと、戸田は相変わらず忙しそうに教室内を歩き回っていた。
買い出しを頼んできた生徒に商品の入った袋を渡し、戸田と他の生徒の話が終わったタイミングで声をかける。
「戸田、ちょっといいか」
「どしたの?」
戸田に先生から聞いた話を要約して伝え、併せて外出許可証も渡す。外出許可証を見ながら顎に手を当てて珍しく真剣な顔で考え込んでいた戸田は、少しして「いいんちょー!」と誰かに呼び掛けた。すると、教室の端っこで型紙を切っていた黒髪の生徒がびくり、と体を震わせて、恐る恐るこちらを振り向く。大きな黒縁眼鏡では隠せていない怪訝に歪んだ顔が、何事かと表情だけで俺たちに訴えていた。ちょいちょい、と手だけで戸田に呼ばれたその生徒が俺たちの側に来る。座っていたときは分からなかったが、かなり身長が低い。花咲とどっこいどっこいと言ったところか。黒い髪はワックスも何も使っていないのか、すとん、と落ちるように流れていて、制服もきっちり着ているいかにも優等生な風貌。明らかに長い前髪が、目を半分くらい覆い隠しているせいか、少し暗い印象も受ける。
「いいんちょー、これ付いてきてくれない?」
視線を合わせるように少し前鏡になりながら外出許可証を指差し、戸田が問う。
「別にいいけど……」
委員長と呼ばれた生徒は、そう返事はしたものの、不安そうな表情を隠せていない。戸田と二人きりで外にほっぽり出されるのは、俺でも不安になる。助けを求める視線が前髪の隙間から俺に向かってきたのを確認して、口を挟んだ。
「戸田、俺も一緒に行っていいか」
「え、聖ちゃん来てくれるの?」
「お前絶対寄り道しまくるだろ。一人だけじゃ抑えられないだろうからな」
ちら、と委員長の方に視線をやれば、安堵の表情で息を吐いていた。俺の視線に気付いた委員長が、声を出さずに口の動きだけで「ありがとう」と伝えてきた。
「じゃあ三人かな。あ、でも俺の代わり誰に任せよう……」
「それなら花咲が代わってくれるらしい」
俺の声が聞こえたのか、作業に戻っていた花咲が俺たちを見て右手を上げた。
「静利君が無茶な要求してきたからね、ここに缶詰めだよ」
花咲から恨めしそうな視線を向けられた戸田が、両手を合わせて頭を下げる。
「ご、ごめん! 今度何か奢る!」
「奢るも何もここは全部タダでしょ!」
はは、と笑う花咲は、特段怒っている様子もない。本当ごめん~、と花咲にまた頭を下げた戸田へ、別の声がかかった。
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