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「どこか行くの?」  花咲の話を聞いたあとだったため、声の主を無意識に凝視してしまう。おしとやかな笑顔で戸田の側に来る松下が、俺の視線に気付き、一瞬だけ無表情になった。  戸田は松下のその表情には気付かなかったようで、軽く微笑みながら行き先を濁して告げる。 「ちょっと発注行ってくるね」 「僕も行きたいなあ」  松下の言葉に戸田は一瞬目を丸くする。そして、少し困ったような表情で「でも……」と断ろうとした。 「三人も四人も変わらないでしょ?」  戸田の言葉の続きを察したのだろう、松下が戸田に詰め寄るように一歩踏み出しながら言う。ね? と威圧的な笑みを浮かべながら首を傾ける松下に、戸田は力なく、はは、と笑って俺に助けを求める視線を寄越してきた。  ここで俺が断れば、松下からのヘイトは更に強くなってしまう。少なくとも、あと二年半以上は付き合っていかなければいけないクラスメイトだ。敵を作るような真似はしたくない。  戸田にしか分からないように小さく顔を左右に振ると、戸田は落胆したように肩を落とし、分かったよ、と松下へ告げる。その途端、松下は酷く嬉しそうな顔になった。 「やったあ!」  ワントーン高く響いた声。そこに何かを企んでいるような気配はない。ただ戸田と一緒に行動できるのが嬉しいのだとすれば、随分健気に思える。話だけで先入観を持つのは良くないのかもしれない。 「じゃあ、ごめん、よろしくね」  戸田が花咲に向かって手を振りながらそう言って、教室から出ていく。その後ろに委員長が続き、俺は委員長の小さな背中に付いていった。背後から足音が聞こえるので、松下も付いてきているのだろう。  口を開けば松下も必ず会話に入ってくると踏んだのか、戸田はこちらに話しかけることもなく、振り向くことさえせずに淡々と歩を進めていく。騒がしい廊下を、無言のまま縦一列に並んで歩いて進んでいくこの状況に、一種のシュールさを覚える。  後ろから聞こえる足音が妙に多いと感じたのは、人気のない校舎の玄関口に差し掛かった辺りだった。何人までかは分からないが、間違いなく後ろを歩いているのは一人ではない。松下と目を合わせないように、後ろを確認していなかったのが災いしたか。しかし、それを確認するよりも早く、先頭の戸田の足が止まった。  戸田が止まった場所には、マイクロバスがあった。その側に、バスの運転手が身に付けている、スーツに似た制服を着ている中年男性が立っている。その男性に、戸田が外出許可証を見せて一言二言喋ると、男性はマイクロバスの開いたドアを指差して、乗るように告げた。  戸田を先頭に、委員長、俺と続く。委員長が奥の方へ進んでいったのを確認してバスに乗り込むと、運転席の後ろに座った戸田が、俺に手招きをしながら、自分の横の席をぽんぽんと叩いた。 「聖ちゃん、ここ」 「ああ」  一瞬松下のことが気にかかった。しかし、戸田はむしろ松下が横に座るのを避けるために、俺を呼んでいるのだろう。素直にその席へと座る。そして、先程から気になっていた足音の人物を確認しようと、ドアの方へ視線を移した目を思わず見開いた。  松下の後ろから二人、いや、三……四人。ぞろぞろと何食わぬ顔で車内へと乗り込んでくる。 「え、ちょっとっ」  戸田もその光景を目の当たりにしたのか、慌てたように腰を浮かしながら、松下の後ろに続く生徒たちへ声をかける。だが、その声を無視するように、何の反応も示さず生徒たちは車内の奥へと進んでいった。  呆然とする戸田と俺に、いつの間にか戸田の後ろの席を陣取った松下が、後ろから「大勢の方が、楽しいでしょ?」と、意味ありげなニュアンスで囁いた。

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