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「戸田、ほんとに大丈夫?」 「んー……なんか安心したら一気にきた……」  委員長にそう返す戸田は、虚ろな目をしている。体力が底に来ているのだろう。病院までは十五分もかからないはずだが、少しでも休んでおいた方がいい。 「病院つくまで寝てろ」 「うんー……」  ふらり、と揺れた頭が、俺の右肩に乗る。左手でその頭を撫でてやれば、少しして小さな寝息が聞こえてきた。 「静かにしてると可愛いんだね、戸田」 「普段は静かにしているときがないからな……」  俺の言葉に、委員長がふふっと笑う。その微笑みを見ていれば、そう言えば委員長の名前を知らないことに気付く。委員長との会話は今日が初めてで、戸田も委員長としか呼ばなかったので、名前を知る機会がなかった。 「委員長、悪い。名前何て言うんだっけか」  申し訳ない気持ちを表すために眉尻を下げて聞くと、委員長は一瞬ぽかん、として、やがて納得したようにああ、と呟いた。 「若月枢(わかつきかなめ)。そっか、自己紹介したことなかったね」 「若月か」 「委員長のままでいいよ。みんなそう呼んでるから、名前呼ばれてもあんまり反応できないし」  そう言った委員長の顔に、ふと暗い陰がかかったように見えた。しかし、瞬きすればその陰も消えていて、勘違いだろうか、と特に気にしなかった。  バスが病院に到着すると、神沢先生が入口のところで待っていた。運転手から電話を貰ったのだそうだ。俺と委員長、松下以外の五人は、病院で手当てを受けることになった。戸田の怪我の具合を心配していたが、外傷は酷く見えるものの内部にはあまり影響はなかったらしく、骨などにも異常はなかった。 「お待たせ~」  顔中にガーゼを貼った戸田が待合室に現れ、俺と委員長、そして神沢先生が席を立った。他の生徒たちは先にバスで学園へ送り届けてもらっている。  バスの中で仮眠をとったからか、ガーゼのない部分だけの判断だが、戸田の顔色は幾分か良くなっていた。もしかすると、怪我が軽いと分かったからという心理的な要因もあるのかもしれない。 「んじゃあ帰るか」  車のキーを器用に人差し指でくるくると回しながら駐車場へ向かう先生の後をついていく。ピ、と鍵が開く音が目の前の車から聞こえ、何気なしに後ろに乗ろうとした戸田を、先生が引き留めた。 「お前はこっち」 「え、ちょっ」  有無を言わさず戸田を助手席に放り込む先生。俺と委員長は顔を見合わせ、お互い少し頭を傾げながら、後部座席に乗り込んだ。  戸田が助手席に乗せられた理由はすぐに分かった。病院を出発してすぐ、先生が口を開く。 「静利」 「な、なに……?」 「頭貸せ」  前方を向いたまま告げる先生の方へ、戸田が恐る恐る頭を傾けると、その頭へ先生の左手が伸びた。 「っ……」  息を呑んだ音が聞こえた直後、先生の左手が戸田の頭の上に優しく乗せられる。へ? と気の抜けた声を出した戸田の頭の上で、先生は無言でその手を何回か上下させた。  結局、急カーブ等の片手だと危なそうな箇所以外、ずっと戸田の頭の上には先生の手が乗っていて、いつしか戸田は安心したのか静かに寝息を立てていた。

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