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 隣の委員長も夢の中へ入ったのを確認して、先生に声をかけた。 「戸田を巻き込んですみません」 「気にすんな。悪いのはお前じゃない」  本心だと確信できる力強い言葉をぶつけてくれる先生に、優しいですね、と言えば、今更かよ、と笑いながらの返答が来て、俺も静かに顔を緩ませた。 「何があったか話せるか」  先生にそう聞かれ、かいつまんで先程の出来事を話すと、バックミラー越しに確認できる先生の表情が、どんどん苦虫を噛み潰したようなものへと変化していく。 「……とまあ、こんな感じですね」 「チッ、胸糞悪い」  話終えれば、先生は盛大に舌打ちをして低く唸った。会話はそこで途切れたが、先生はそれ以降険しい表情を崩さなかった。  やがて、先生の運転する車が学園へ到着すると、駐車場には何故か花咲が居た。車から降りた俺たちの姿を確認し、花咲はこちらへと走ってきて俺に抱き付いてきた。思った以上の衝撃によろけそうになるのを咄嗟の踏ん張りで我慢して、その身体を受け止める。 「おかえり、藤原君」 「ただいま」  俺の腕の中で、満面の笑みを浮かべる花咲。可愛いな、やっぱり。 「松下君たちが先に帰ってきたから理由聞いたら、病院行ってるって言うんだもん。びっくりしちゃった」 「あー、患者はあいつだな」  先生に何度も揺すられて起こされている戸田を親指で肩越しに指差すと、みるみるうちに花咲の笑顔が消えていく。 「えっ、静利君!?」 「見た目よりかは症状は軽いが……」 「でもガーゼだらけ……」 「圭佑、落ち着け」  目を擦る戸田を車から下ろしながら先生が花咲に言うと、花咲はむっ、と口を閉じた。しかし、花咲のその視線は、依然として戸田のガーゼに注がれている。先生が、そんな花咲の視線に気付き続けて言う。 「骨も折れてない。一週間もすりゃあ良くなる」 「……でも、無理はしちゃダメだよ」  眉をハの字にして花咲が戸田にぎゅっ、と抱き付く。ぽんぽん、とその小さな頭に手を置きながら、戸田はありがと、と呟く。その光景を見ていた先生が、今度は口を尖らせた。 「おい、静利。圭佑から離れろ」 「え、俺が悪いの? これ」  胸に花咲をくっつけたまま、おろおろとする戸田の側で、花咲が先生に向かって溜め息を吐く。 「一君はそろそろ僕離れした方がいいんじゃないかなあ」 「一生離さねえからな、覚悟しろ」 「それを言う相手を間違えてると思うよ……」  女性たちが聞いていたら黄色い声の一つや二つ上がりそうな言葉に、花咲はやれやれ、といったように頭を振りながら戸田から身体を離した。 「若月君は? 怪我してない?」 「大丈夫。ありがとう、花咲」  うん、と笑顔で答える花咲。周りから花が出ているようにも見えるのは、先程の出来事が少なからず俺の精神を磨耗させているからかもしれない。 「とりあえずもう授業時間は終わってるから、そのまま寮に戻っていいぞ。理事長へは俺が話しておく」 「ありがとうございます」  先生にお礼を言うと、花咲が頷きながら口を開いた。 「荷物は、同室の子に部屋に持って帰ってもらってるから」  藤原君のもね、と付け加える花咲に、助かる、と返す。  四人で寮へ向かい、入口に近い戸田、そして委員長の部屋へそれぞれ送り届け、花咲と二人で部屋までの寮の廊下を歩く。授業は終わっているが、夕飯の時間にはまだ早いためか、廊下には人気がない。 「今日の飯は何だ?」 「うーん、今日は昨日使ったジャガイモが残ってるから……カレーでもする?」 「いいな」  そんな他愛もない会話をしていると、ふと、何かの気配を感じた。

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