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 一瞬の間で、感じたそれは紛れもなく殺気だと認識する。背後から向かってきたその殺気に反射的に振り向けば、既に視界いっぱいに広がる拳が俺の方へ迫ってきていた。 「ッ!」  間一髪で顔を右に逸らして避ける。左耳の横の空気が切り裂かれ、風圧で頬にぴりっと切れたような鋭い痛みが走った。急な動作だったため、身体はよろめいて二、三歩横にずれた。 「ふ、藤原君!?」  花咲が自分の横に突然現れた腕に目を丸くし、体勢を崩している俺に焦りを含んだ声をかける。返答の代わりに花咲に掌を向け、拳の持ち主を見据えた。制服は着ているので生徒だということは分かるが、俯いているせいで顔の上半分は前髪に隠れ、誰なのかは把握できない。 「クソ、後ちょっとだったのによ」 「誰だお前」  苛立ちを隠さずに言葉を発したその生徒の声に聞き覚えを感じつつ、牽制するように唸れば、そいつはククッと喉を鳴らした。 「テメェは誰に口きいてんだ?」  口角をにい、っと上げながら、生徒はゆっくりと顔を上げる。 「あ……」  俺の横で、声を出した花咲の顔が青くなっていく。小刻みに震える花咲の肩に手を置いて、少しでも気分を和らげようと試みた。 「桑山、先輩……」  そう呟いた花咲をちらっと一瞥し、彼はひらひらと俺に手を振った。 「よう、聖」 「……何の真似ですか」 「借りを返しにな」  つまりは仕返し。だが、殺気を背負って不意打ちで拳を叩き込まれそうになるような何かをした覚えはない。 「俺が何かしましたか」  はあ、と溜め息を吐いてやれやれと頭を左右に振る桑山先輩。 「おいおい、忘れたのか? 俺に強烈な膝蹴り食らわしておいてよ」  その言葉が、俺の細い記憶の糸と紐付いた。花咲の首を絞めた後、男に初めてキスされた時。 「またそんな昔の話を……」 「俺はねちっこい男だからなー」 「しつこいのは嫌われますよっと!」  喋っている途中に蹴りを繰り出されて、咄嗟に後ろに飛び退く。ひっ、と花咲が小さく悲鳴を溢した。  喧嘩らしい喧嘩はここに来てからしていなかったから、いい気分転換になりそうだ。それに、本能を引き摺り出されて中途半端に暴れたせいで、まだ熱が燻っている。殺さない程度に、やってしまおう。  桑山先輩が怖いのか、未だに震えが止まらない花咲に「大丈夫だから、ちょっと待っててくれ」と言い残して距離をとらせ、桑山先輩に向き直る。その瞬間、再び拳を顔面に叩き込まれそうになり、間一髪で拳を掴んだ。 「避難は完了?」 「……殴りかかっておいて言う台詞じゃないでしょう」 「俺容赦ないからな?」  まるでお伽噺の王子様のような完璧な笑顔を顔に張り付けて、桑山先輩が勢い良く腕を引いて、後ろに下がる。思ったより強い力だったので、抗わずに手を離した。  恐らくこの人に、煽りは通じない。外面と中身がちぐはぐだ。中々に面倒臭い。 「精々楽しませてくれよ? ひーじり」 「そっちこそ」  言うが早いか床を勢い良く蹴る。一瞬で桑山先輩と距離を詰め、目の前に迫った。そのスピードに怯むことなく打ち出された桑山先輩の右ストレートをしゃがんで避け、懐に飛び込む。 「俺が飽きないように、精々頑張って下さい」  その言葉と共に、鳩尾に体重を乗せた拳を叩き込んだ。

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