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 目の前にいたのは立原で、俺が狙ったのも立原で。なのに、何故。  突然与えられた不可思議な疑問が、理性を泥の海から引っ張りあげた。真っ黒な世界で覆い隠されていた理性は、急に光を浴びて戸惑っている。  今、俺は何をした。  この手で、何をした。  わからない。わからない。俺は、何を。  急にじんじんと痛み出した血だらけの手を見ていた目が、床へと沈んだその姿を視界に収める。まるで墓石のように首に突き立てられたナイフ。本来の銀色は既に無くなり、代わりに赤と黒の絵の具を混ぜたようなくすんだ色を纏っていた。  そうだ。俺が、刺した。死ぬのが分かっていて、刺した。殺した。人を殺した。正当防衛でもなんでもない。ただ、殺したいと、そう思って。  クラスメイトを、殺した。  理性を失っているのにも関わらず、俺はまだ理性が残っていると勘違いして、まんまと本能に乗せられた。自分の意思で、目の前の人間を殺すのだと思い込んでしまった。  初めから、理性なんてなかったのに。  友達を、花咲を言い訳にして、結局は自分の欲望を満たしたかっただけだった。理性が戻らなければ、命を奪う行為を正当化して、此処にいる全ての生を潰していたのだろう。庇護対象の花咲でさえ。  顔をあげれば、未だに目を覚まさない花咲の奥にある窓に、自分の姿が映っていた。暗い窓に映る俺は絶望に沈む顔をしているくせに、飢えていた身体は少し満たされて、更に餌を追い求めている。  正真正銘の、化物だ。 「……許さねえ……殺す……俺が、殺す」  嗄れた言葉と、ぐちゃり、と何かが肉を引き回す音。 「お前の敵を取ってやる……俺が……俺が……」  見なくても分かる。途轍もない殺意を向けられている。ぽた、ぽた、と水滴が床を穿つ音が、すぐ傍で聞こえた。 「俺が殺してやる……!」  腹部に鋭いものがめり込む衝撃。人肌ほどの温かさをもった何かが、皮膚を破り、肉を掻き分け、熱を伴って俺の体内へと入り込んでくる。  痛い。いや、熱い。衝撃を受けたところが、燃えそうに熱い。燃えていく身体とは対照的に、思考はどんどんと冷たく落ち着いていく。これは、生を奪った代償だ。最近になってやっと気づいた、命の重みだ。  そうして埋め込まれたものが、逆方向へ千切れた繊維を連れて戻されそうになった瞬間だった。  ガンッ! と俺の背後から凄まじい音を立てて、少しばかりの光が射し込んできた。同時に、びく、と体内のものが僅かに上下に動いて、そのまま中へと取り残される。 「ここか! お前ら何やってんだ!」  聞き覚えのある声が、後ろから飛んできた。活動を強制停止させられた身体は動かず、首だけをゆっくりと回して振り返る。視線の先にいる人物から発される切羽詰まった声は、やがて戸惑いが混じった困惑の表情へと色を変えた。 「っ!? なん、だ……これ……」  自分の生徒たちが犯されて、刺して、刺されて、死んでいる。そんな地獄のような光景を、神沢先生は呆然と眺めていた。

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