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第六章 噂、そして隔離

 夏の厳しい日差しが照りつける昼時。窓もドアも締め切った自室で、俺はベッドの上に転がっていた。額に浮かんでは流れていく汗を拭うこともせず、ただ天井を見つめ続ける。  手の傷に続いて、腹の傷も次の日には跡形もなく消えてしまった。いくらナイフが小さく深くまで入らなかったとはいえ、有り得ないほどの早さだ。  そうして入院している理由もなくなり、目を覚ました次の日に退院した俺は、そのまま寮の部屋で処分が決定するまで待機することになった。退院してから今日までの一週間、一度も外に出ず部屋に閉じ籠っている。  同室の花咲は精神的に不安定で、今もまだ病院にいる。長谷川や鈴木、戸田や神沢先生は何度か見舞いに行っていることを、昨日食事の差し入れと共に部屋を訪ねてきた戸田から聞いた。  だが、俺はまだ一度も行っていない。行けないわけではない。神沢先生からも、付き添いがあれば外出は出来ると聞いている。それでも、見舞いにいかない理由がある。  俺が立原たちに目を付けられたから。  花咲を、こんな目に遭わせてしまった。  そんな罪悪感に苛まれ、俺は花咲と顔を合わせるのが怖かった。否、ただ花咲に軽蔑されるのが怖くて、逃げているだけなのかもしれない。  山中の死は表向きは事故として生徒たちに伝えられたようだった。病院から戻ってきた際に寮ですれ違った生徒たちが、そんなことを話していたのを耳にした。『実は殺されたらしい』、という言葉もセットで。  その瞬間、周りの視線の全てが俺に向いているような錯覚を覚えた。至るところから、あいつがやったんだと聞こえてくるような気がして、一直線に部屋へ戻り、閉まった直後の玄関扉に背中をついて耳を塞いだ。ずるずると身体はずり落ち、腹の底がぐちゃぐちゃになる感覚に、堪らず何度も嘔吐した。胃の中が空っぽになり、それでも何かを出そうとする自分の体が惨めで、気付けば胃液で焼かれがらがらになった声で笑い声を上げていた。  人を殺すとは、本来こういうことなのだ。魂が裂かれ、他人の目に怯え、今すぐにでもこの世からいなくなってしまいたい衝動に刈られる。そうあるべきなのだ。そんな人間らしい思考が戻ったことに僅かだけ安堵し、そして、その行為を求める本能に負け続けた、自分の存在に絶望した。  あの後、俺の様子を見にきた神沢先生をはじめ、鈴木や長谷川、戸田たちが交代で俺のサポートをしてくれていなければ、廃人になってもおかしくなかったように思う。今の俺には、一人で過ごすこの部屋は広すぎて、孤独だ。  この時間帯は、生徒たちは皆校舎の方へ行っているため、寮内は静かだ。どこに止まっているのか、輪唱を奏でる夏特有の鳴き声で鼓膜を揺らしながら、溜め息を吐いた。  この頃は生きるために必要最低限のことしかしていない。飯もあまり食べなくなった。食事自体は毎日差し入れをしてくれるものの、食べようとしても吐いてしまうのだ。  山中の虚ろな瞳が、鮮血にまみれて嬉しそうに笑う俺の姿を映して──……

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