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「……」  だが、そのドアを閉めることはできなかった。  先に行きかけていた会長が、開け放たれたドアに手をかけたまま動かない俺に気付いて、此方へ戻ってくる。 「どうした? 忘れ物か?」 「いや……」  短いながらも花咲と過ごした場所。初めて友達と言える存在ができた場所。初めて、誰かといることが楽しいと思えた場所。  そんな楽しかった思い出たちが、この部屋から離れたら全て泡のように消えてしまいそうで。  ただ、怖い。  会長の指が優しく俺の頬に触れた。 「泣くな」  その言葉に、初めて自分が泣いているのだと気付く。涙はゆっくりと、だが止まることはなく流れ続けて、自分の頬と会長の指を濡らした。 「……もう少しここにいるか?」  顔全体で心配の様相を見せる会長に、心の整理もおざなりなまま、強がりを見せた。 「……大丈、夫……」 「全く大丈夫そうじゃねえけど」  その言葉と共に頬から離れようとする指を、無意識に掴んでいた。会長の顔に驚きが広がる。 「お前……」 「……え、あっ、悪い……」  慌てて掴んだ手を離したが、反対にその手が俺の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。その衝撃でバッグが廊下へと落ちる。バッグを拾い上げる暇もなく、俺の背中に腕が回されて耳元で囁かれた。 「男がめそめそ泣いてんじゃねえよ、バーカ」 「……っるさい」  会長の言葉で、暗くなっていた気持ちが幾分かましになった。流れていた涙も言い返した際に零れた一粒を最後に、ぴたりと止まる。悪戯な笑みを間近で浮かべながら、ばん、と俺の背中を叩いて、会長の身体が離れていった。 「……もう少しだけ、待ってくれるか」  会長は何も答えなかった。無言の肯定だと解釈して、バッグを拾い上げてもう一度部屋の中へ戻る。リビングにあった小さなメモを手に取り、バッグの中からペンを取り出して、花咲に一番伝えたい思いを簡潔に綴った。  書き終えたメモをテーブルの上に置いて、ここから離れるために玄関へ向かう。一度だけ、後ろを振り向いて、そこにはいないルームメイトに、小さく感謝の言葉を呟いた。  廊下へ出て、今度こそその部屋のドアをゆっくりと閉めていく。ガチャ、とラッチがあるべき場所へ収まった音がして、ドアから手を離した。最後に鍵を閉めれば、ドアは再び部屋を部外者から守る門番になった。 「気は済んだか」 「……早く行こう。離れたくなくなる」  気など済んでいない。居られるならずっとここに居ていたい。  そんな思いで返答すれば、会長は、ははっ、と乾いた笑いを溢して、「付いてこい」と短く告げて歩き始めた。

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