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 突然友達になりたいなどと言うからには、何か魂胆があるのかもしれない。その魂胆をあれこれ考えて推察するより、直接本人に何を思って言ってきたのか訊いた方が早いだろう。 「いきなりどうしたんだ」 「え、えっと……」  すると、水野は更に顔を──特に頬のあたりを赤く染めた。なんだか嫌な予感がするのだが。 「俺、その、お前に、惚れたみたいだ……!」  待て。  待て待て待て。  ひとまず落ち着こう。  心の中で深呼吸を行い、『ほれた』を頭のなかで変換する。  掘れた、は違うな。何も掘ってないし、掘る芋もない。彫れた、はどうだ。アイスピックで付けられた傷を彫ると形容したとか……ないな。それにあれは会長が付けた傷だ。残るは──惚れた、か。  直感的に分かってはいたが、理解が追い付かない。今日一日で何処に惚れる要素を見つけたんだ。  クエスチョンマークをこれでもかと頭の上に乗せている俺の反応は意に介せず、水野は更に言葉を続ける。 「だから、その、友達から……みたいな……」  それは俺の台詞じゃないのか。『まずは友達から始めよう』って、俺が言う立場じゃないんだろうか。俺がおかしいのか、これ。  何だか一気に気が抜けてしまい、俺は床に向かって深く息を吐きながら、壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。 「だ、大丈夫か?」 「平気だ……ちょっと混乱してるだけだ」 「付き合ってくれの方が良かったかっ!?」 「それを言ってたら俺は無意識の内にお前を伸してるだろうよ」  恐らく冗談じゃないので邪険にもできず、余計にたちが悪くなっている。もう何とでもなれ、と思考を放棄しながら、はあ、と空に向かって溜め息を吐いて、先ほど会長につけられた頬の傷を撫でた。 「……ここから出るにはどうすればいい」 「エレベーターに乗るしかないけど……俺が使ってたカードキーは会長様から借りてたやつだから、今は持ってねえんだよな」  まだほんのり赤みの残る顔をぽりぽりと掻きながら、眉尻を下げて水野が返答する。つまりは出られない、ということらしい。 「そうか……そもそもここは何だ? 隔離部屋なのは大体予想はつくが……」 「ここは学園内で犯罪を犯した奴が入れられる監獄だよ。まあ犯罪っつっても暴力沙汰とか、……殺人とかな」  成る程。やはり俺の見立ては合っていたらしい。だとすると、本当に俺の処分はここで生活をすることだったんじゃないだろうか。 「……なら俺はもう下には行けないのか」 「いや、それはねえと思う。今回のは会長様が勝手に命令したことだから、理事長からは何も言われてねえし」 「……そうか」  まだ微かにだが希望はあるらしいことに少し安心した瞬間、急に眠気が襲ってきた。張り詰めていた気が更に緩んだせいだろうか。あえて抗うことはせず、顔を左腕に乗せて目を瞑る。 「藤原……?」  水野が俺の横に来て座り込む気配を感じた。うっすらと目を開くと、俺の顔を覗き込む水野の顔が見える。 「眠たい……」 「寝るか? なら、俺こっちの鍵は持ってるし、部屋の中に入って……」 「ここでいい」  あの部屋にはもう入りたくはない。監獄ならば尚更だ。それに、まだ水野を完全に信用したわけではない。  俺が首を振ると、水野は自分の肩をポンポンと叩いた。 「……何だ」 「俺の肩、使うか?」 「……」  思わず水野を見た。俺の影でよく見えないが、顔がまた心なしか赤くなっている気がする。 「……何だよっ」 「いや……、何でもない。使わせてもらう」  そう言って、俺は水野の肩に頭を乗せた。風が吹いて、俺の頬に銀色の髪がかかる。それが何だか心地良くて、自然と目が閉じた。

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