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「無駄な抵抗だな」  頬に赤い髪が触れたかと思うと、左耳のすぐ近くで若干掠れた低音が鳴り、耳から広がっていくようにして鳥肌が立ち始める。  それでも無視していれば、ガッ! と顎を強く掴まれて強制的に顔を上に向けさせられた。 「っ……ん──っ!」  間近で狩人のような目を直視した直後、唇に噛みつかれ、無理矢理口をこじ開けられる。滑った生暖かい感触が、俺の舌を探すように口内に唾液を塗り付けながら進んできた。 「んぅ……っん……!」 「藤原!」  俺の危険を察知してか、水野は両手両足を縛られた状態のまま、なんとか俺たちの方へ近付こうと体をくねらせる。芋虫のような動きで少しずつではあるが、こちらへと近付いてきた。 「止めてください! 藤原から離れて!」  赤髪は聞く耳を持たない。息継ぎをする暇さえも与えずに、見つけた俺の舌にしつこく絡み付いてくる。軽くその舌を噛まれると、言い知れない快感に似た何かが緩く尾てい骨の辺りから上がってきた。 「ふあぁ……!」  一瞬離れた口から自分の声にしては高すぎる音が飛び出してくる。恥ずかしさから、俺が慌てて自分の口を閉じるよりも早く、また赤髪の舌が俺の歯をなぞりながら中へと侵入してきた。 「ん……ぁっ……っふ……」 「やめろ、やめろよ!」  どんどんと荒く悲痛な叫びに変わる水野の声が聞こえたすぐ後に、赤髪の唇が不意に微かに触れるくらいの距離まで下がった。息苦しさからか目に溜まりつつある雫のせいで少しぼやけた視界に映るのは、床に転がりながら必死に縛られた両手を伸ばして、赤髪の服の裾を掴んでいる水野の姿。 「邪魔するなって言ってるのが分からないのか」  俺の顔から完全に離れた赤髪の口が、今までで最も低い音を響かせた瞬間、周辺の空気が凶器のように尖り、俺たちをその場に縫い付ける。一瞬でこの空間を支配した赤髪は、酷く険しい顔を俺の肩口に沈め、耳朶をその熱い舌でなぞり始めた。 「ひぁ……っ」 「じっくりやってやるからな……」  耳から首筋へと赤髪の息がかかり、息がふっと切れた箇所から、また滑りを帯びた物体の感触が肌の上を滑っていく。先程よりも速いスピードで、鳥肌が全身にぶわあああっ、と広がり、背筋には盛大に悪寒が走った。   気持ち悪い。ざらっとした舌も、ぬるぬるする唾液も、気持ち悪くてしょうがない。 「っ、やめ、ろ……!」 「感じてるんだろ?」  これでもかってくらい気持ち悪さは感じてるがな。 「気持ち、悪いっ……」 「気持ち良すぎる、の間違いじゃないのか」  勘違いし続ける赤髪の暴挙に我慢しきれなくなった俺は、「っいい加減やめろこの勘違い野郎!」と叫んで、恐らくまともには動かないだろう足に、持てる精一杯の力を込めて振り上げた。

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