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「っ……!」 「大丈夫だ。お前の方から求めるぐらいにしてやるから」  勝ち誇ったように俺を見下す赤髪に左肩を掴まれて、反射的に振り払おうとする。しかし、有り得ないほどの力で掴まれた肩からその手が離れることはなく、抵抗したせいか更に込められた力によって、肩の骨が悲鳴をあげた。 「っ俺に触るな……!」 「照れなくても──」 「それ以上触ったら殺すぞ」  殺気の混じった俺の言葉に、赤髪の目が興味深そうに細くなる。 「俺を殺すってか? 武器も手の自由もなくて、味方もいないお前が?」 「武器や手も使わなくても、人は殺せる」 「……まるで本当に殺したことがあるような言い方だな」 「ないと思ったか」  苦し紛れに口元に挑戦的な笑みを貼り付けた。  誰かを殺すことなんて、もう俺にはできない。それが、目の前の男であっても。このハッタリを信じて、赤髪が引く可能性に賭けることしかできない無力な人間だ。  その賭けに勝ったのか、俺を少し驚いたような表情で見つめた後、赤髪は無言で俯いた。  これなら、いける。このまま、更に脅せば。  そうして更に畳みかけるべく口を開こうとしたとき。 「──く、くくっ……」  押し殺した笑い声が、目の前の赤髪から聞こえてきた。  怪訝な顔した俺に見せつけるようにゆっくりと顔を上げた赤髪の顔は、まるで悪魔に取り憑かれたかのように歪んでいた。ぞくっ、と背中に悪寒が走るのと、俺の首に節立った太い指が絡み付いてきたのはほぼ同時だった。 「ぐっ……!」 「お前、俺のことを見縊りすぎじゃないか?」 「な、にを……っ」 「俺はSクラスだぞ。お前にも意味は分かるだろ」  そう言われて漸く気付く。  目の前の男は、自分と同じ。一人や二人どころではなく、大勢の命を奪った殺人犯なのだと。  気付いてしまった事実によって生まれた恐怖に顔を歪ませた俺を、赤髪はせせら笑う。息が出来るぎりぎりの力加減で俺の首を絞めながら、恐怖を煽る顔をすっと近付かせ、赤髪は耳元で囁いてきた。 「手加減しないからな」  首から指が離れたと同時に、ふわっと俺の体が宙に浮く。直後、前のめりに倒れたかと思えば、お腹のあたりに硬いものが食い込んで、体内の息が無理矢理押し出された。 「っう……!」 「折角の初夜だ。床の上だと味気無いだろ」  視界に映る広い背中と、腰を掴む手の感触に、赤髪に俵抱きされていることを悟る。状況を認識した俺が暴れ出すより早く、赤髪は俺を担いだまま玄関の方へ向かい、玄関へ辿り着く前にある部屋へと入った。一歩、二歩歩いたかと思うと、赤髪は俺の体を質素なベッドへと放り投げる。 「ッ!」  普段のベッドとは違うスプリングの衝撃に思わず目を瞑れば、上から覆い被さる影で、元々暗かった目蓋の裏が黒く塗り潰される。抵抗する暇もなく体の上へ乗し掛かられ、腕の自由だけでなく身動きすることすら奪われてしまった。

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