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「これを持っていけ。大北の分だ。これでもう大北はこのフロアから出られない」  胸ポケットから取り出したカードキーを差し出すと、水野は恐る恐る震える手でそれを受け取った。 「大北は今は気を失っているが、いつまた動き出すか分からない。急いだ方がいい」  橘はワイシャツを掴む水野の手を強引に外してボタンを止め、自身の肩に水野の腕を回して身体を持ち上げる。長時間虐められた身体はまだ言うことをきかないようで、足は小刻みに震え、橘に支えられて辛うじて床に立っているような状態だった。 「エレベーターまでは連れていってやる」  そう言った橘は、肩に回した腕を引っ張って水野をおぶり、玄関に投げ捨てられていた水野のものと思わしき靴を手にもって部屋を後にした。  エレベーターの部屋の前で水野を下ろして靴を履かせ、開けた扉の中へと押し込む。水野はまだ足を震わせていたが、よろよろとしながらも自分の足でエレベーターへと辿り着いた。 「同室のやつでもいい、誰かに教師を呼んでもらうよう伝えてくれ。藤原が監獄で閉じ込められてる」  水野は声をかけてきた橘へと振り返り、無言のままこくり、と小さく頷いた。 「それから……悪かった。最初に、逃がしてやらなくて」  橘が二人を部屋に連れ込んだせいで、こんなことになってしまった。今更二人のためにいくら動いたとしても、橘がこの騒動の元凶であることには変わりない。  橘の謝罪に水野は言葉を返すことも、頷くこともしなかった。ただ、泣きそうな表情で橘を何秒か見つめたあと、エレベーターへと乗り込む。少しして、エレベーターが下の階へと動き出したのを確認し、橘は部屋の扉を閉めた。  その後、大北の部屋へ戻って大北の様子を確認すれば、まだ目を覚ましてはいないようだった。一旦安堵しつつ、目を覚ましたときの対処を考える。  とにかく、誰かが藤原を助け出すまで、大北だけはあの監獄に近付かせてはいけない。  藤原を好き勝手に犯した自分が、藤原を助けるヒーローになれないのは重々承知している。ならば、藤原を少しでも危険から遠ざけるために、自身の身を捧げよう。   それが藤原に対する贖罪だと自分に言い聞かせ、橘は大北を監視するためにベッドの近くの椅子へと腰を下ろした。  一方、大北の部屋から抜け出して何とかエレベーターで下の階へと逃げた水野は、先程の行為で心身ともに傷ついていた。 「はぁ……はぁ……っ」  半ば這うような形で壁まで辿り着き、そこから壁に手をつきながら部屋の扉を目指すが、それすらも辛くなってくる。目の前は霞み、膝はガクガクで立っていることすら困難だ。  しかし、一刻も早く藤原を監獄から助け出さなればならない。大北が日頃から疎ましく思っていた藤原は、自分が受けたものよりも数段上の地獄を見ているはずだ。 「……っ、……あ……っ」  足がもつれて視界が一回転し、腹に衝撃を受ける。起き上がろうと足腰に力を入れるが、全く動かない。  もう、駄目だ。  水野が重い瞼に負けて目を閉じ掛けたとき、ガチャ、と部屋の扉が開いた。 「え!? ちょっと、君、大丈夫!?」  開いた扉から入ってくる人物が、驚いたような声をあげて水野へと駆け寄ってくる。  霞む視界で捉えたものは──。

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