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 暫くぼう、としながらシャワーに当たっていたが、ここにずっといても仕方ないと、怠い体に鞭を打って立ち上がり、バスルームを出る。脱衣所にはロッカーのようなものが置かれていて、そこを開けば、バスタオルが何枚かと、透明な袋に入った下着と制服一式が入っていた。監獄と言えど、人間らしい最低限の生活は出来るように整備されているようだ。  たっぷりと水分を含んだワイシャツとその下に着ていたシャツを脱いで、身体を拭いてから新しいものに袖を通す。  そうして制服を着終われば、漸く人間としての尊厳を取り戻したように思えて、無意識に大きく息を吐いていた。  もう外に出るために力を使う体力は残っていない。このまま、再び閉じ込められた監獄の中で、卒業までの三年間を生きていくしかないんだろう。尤も、生きていられたら、の話だが。  朝から何も食べていないせいか、時折ぐるりと視界が回る。しかし、憔悴しきった身体は、食べ物を与えられても受け付けないだろう。そもそも腹を満たすための物は、水以外はこの部屋に存在しないらしい。  体力を消耗しないようにじっとしていようと、ベッドへと戻れば、白いシーツには所々赤い跡がついていた。赤髪に傷つけられた後孔の裂傷が、ずくん、と波打つように痛む。 「……ははっ」  自分を嘲るような笑い声が自然と口から出た。今すぐにでもさっきまでの悪夢を消し去ってしまいたいのに、こうして色んな所に痕が残されている。  現実から、逃げてしまいたい。この世界から、消えてしまいたい。  このシーツを剥ぎ取って首を絞めてしまえば、生きている間は少し苦しいかもしれないが、このまま生きていくよりは楽になれる。それでもそれを行動に移せないのは、俺の命を縛る神沢先生の約束があるからだ。そして、否定しつつも捨てきれない、花咲との部屋に帰れるかもしれない、という微かな望みを抱いているから。 「──……」  ベッドに視線を向けたまま突っ立っていると、外から話し声らしき音が聞こえてきた。びく、と震えた身体に落ち着くよう言い聞かせながら、廊下に面している磨り硝子の窓を開けようとしたが、鍵が固くて開けられない。仕方なく窓に耳をあて、外の音を聞こうとする。 「──……だけでいい……がい……」  声は聞こえてくるものの、内容がよく聞こえない。目を閉じて、窓にあてている耳に全神経を集中させた。 「……少しだけ……お願い……!」  今度こそはっきりとした言葉が聞こえた。同時に、その声の主の正体として、俺の脳は一つの答えを導き出す。 「──花咲……?」  呟いた声は思いの外大きかったようで、外の声が止んだ。そして、磨り硝子の窓が叩かれる。

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