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 花咲からの問いに答えられず押し黙ったことで、暫くその場を沈黙が支配する。無限に続きそうな沈黙を破ったのは、花咲の背後から駆け寄ってきた神沢先生だった。 「藤原、無事だったか!」  先生は荒い呼吸で肩を上下させつつも、嬉しそうに顔を緩ませて花咲と俺を順番に見る。しかし、俺の前に落ちている鉄格子、格子の無くなった窓、そして俺の奥で倒れている血を流した生徒たちをその視界に映したのか、一気に顔を強張らせた先生が息を呑む音がやけに大きく響いた。 「……何があった」 「い、一君、これはね、藤原君が僕を助けるために……」  少し服の乱れた花咲が事情を説明しようとすると、先生は眉を顰めて、それ以上はいい、とでも言うように花咲の顔の前に掌を翳す。 「そいつらは……生きてるん、だよな?」  先生の言葉に、俺は床に転がっている生徒たちの腹をちら、と見る。薄くだが上下しているそれを確認し、内心安堵しながら先生へ返答した。 「……息は、あります」 「死んでないならいい。……お前から仕掛けたことじゃないのは分かってる。でも、結局傷が軽い方が悪者にされる」  俺の方へ近付きながらそう告げた先生の顔は、この学園に初めて登校したあの日に、二人きりで弟の話をしていたときの表情と良く似ていた。 『こいつら沈めたのはオレから仕掛けたことだけどなァ?』 「……五月蝿い」  相変わらず脳内に響く言葉に苛立ちを覚え、思わず心のうちで呟いたはずの言葉が口から溢れ出る。 「何か言ったか?」 「あ、いや、何でもないです」  目の前の鉄格子を廊下の端へと移動させていた先生が、俺の方へ顔を向けて不思議そうに首を傾げた。何か呟いたのは聞こえたようだが、内容までは幸いにも聞こえなかったらしい。そうか、と答えた先生は、鉄格子を掴んでいた手をぱんぱんと払い、俺の横を通りすぎる際に、花咲の方へと少し押すように俺の肩へ手を置いた。  その意図を汲み取り、花咲の方へと足を踏み出した俺の頭に、今最も聞きたくない声が笑い声を響かせる。 『はははっ、オレのこと言わねえのか? 変な奴だと思われんのが嫌なのか? なあ聖、お前はもう立派な狂人だ。今さらビビることなんてねえだろ』 「だから黙ってろって!」  今度こそ、花咲にも先生にも届くほどの声量が出てしまった。慌てて取り繕うにも言い訳が見つからず、開いた口を音もなくぱくぱくさせるしか出来ない。 「藤原君、やっぱりなんかおかしいよ……?」  恐る恐る、といった風に、花咲が俺へと心配そうな視線を向ける。そこに俺を訝しむような感情はない。それでも、花咲たちに気味が悪い奴だと思われたくない気持ちが強く、本当のことを言う勇気は出なかった。 「その……これ、は……」 『めんどっちいなあ。おら、口貸せ』  その言葉の直後、俺の頭に石で殴られたような鈍い痛みが走り、意識がふと遠くなる。辛うじて視界と聴覚が機能している状態で意識の度合いが固定されたかと思うと、俺の口が勝手に言葉を紡ぎ出した。 「なあ聖のダチ、オレが誰か知りたいか?」  突然の俺の態度の変わりように、花咲は目をぱちくりとさせて怯えたように身を更に小さくした。勝手な行為をやめさせようにも、今の俺の意思は神経と繋がっていないのか、指一本すら動かすことが出来ない。 「藤原君、……二重、人格……なの?」 「正解三割ってとこだな」  若干震える声で問う花咲に、俺の身体を乗っ取った誰かはそう答え、花咲の前へと歩いて行く。 「確かに人格は違う。オレは聖じゃない」  俺の身体は花咲の目の前に移動し、にい、と口の端を上げた。 「聖の双子の兄の、藤原神弥(ふじわらしんや)だ」

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