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 しかし、対照的に、目の前の花咲は言葉を失っていた。告げられた惨劇を想像したのか、月明かりだけでも分かるほどに花咲の顔がみるみるうちに窶れていく。今にも吐きそうな表情を作って、口を両手で押さえたかと思うと、ドアに背をつけながらずるずると座り込んだ。  花咲の大きな目の端から頬へと、月光を反射させながら伝っていく思いの欠片。声もなく、湧き出した感情を何度か滴として外へと吐き出していく。  自分の境遇に対しての花咲の反応に、神弥は少し困ったように俺の眉をハの字にし、俺の腰くらいの位置にある花咲の頭を乱雑に掻き回した。 「っ、ちょっと……」 「悪ィな、お前には酷だったか」 「……っ」  神弥が感じたであろう、申し訳ない、という気持ちが俺の中に流れてくる。こいつにも、人間らしい感性は残っているようだ。  先生が俺たちへと近付いてきて、ぽん、と俺の頭に手を置いた。 「お前も、辛かったろ」 「……そういうことは聖にしてやれよ」  不自然な間を取り繕うように、神弥は俺の腕を動かして先生の手を払う。 「藤原の身体だろ?」 「じゃあ今から聖に身体を返すから、改めてやってやれ。聖に寄生してるオレじゃ、頭を撫でて慰めることすらできねえからな」  にやり、と自分の口元が上がるのを感じる。身体が動かせられれば、思ってもみないことを、と溜め息を吐くところだ。 「あの、お兄さん。藤原君は、さっきのこと……」  花咲が肩で涙を拭いながら、神弥へと問い掛ける。 「ああ、聖の意識はあるから今話したのは全部聞いてんぜ。ちょっと色々と思い出させちまったみたいだが」  ちょっとどころではない。封じ込めていたものを抉じ開けられた俺の脳内は、先程から甦った記憶に付随して現れた大量の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、処理が追い付かない状態だ。加えて、今まで忘れていた兄との他の思い出も、ビデオの早送りのように次から次へと流れていっている。  神弥に対して聞きたいことは山ほどある。しかし、今の俺にそんな余裕はなかった。もはや処理を諦めて活動を停止した思考が、俺に休息を取るように信号を出してくる。  段々と視界が狭まり、聞こえる音も少なくなっていく。今度こそ意識が深いところへ落ちていくのが分かった。 「おっと、おねんねの時間か」  神弥は俺の口でそう呟いたかと思うと、今度は直接頭へと声を響かせる。 『聖は寝てな。疲れただろ?』  ふざけるな、と言おうとしたが、体はまだ神弥に従っているようで、ぴくりとも口は動かない。 『お前が起きる頃には、全部片付けておいてやるよ』  余計なお世話だ。そう思いつつ、強烈な眠気に襲われたような感覚に抗えずに意識は閉じていく。 『いつか、出て行ってやるから』  今すぐ出て行け。  心の中で即答すると、頭の中の声は愉快で堪らないといったように笑った。 『──おやすみ、聖』  その声を聞いて、懐かしさと共に俺の意識は闇へ落ちた。

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