140 / 282
*
橘たちを見送った花咲と神弥は、神沢が派遣した教師が来るまでその場で時間を潰し、教師と入れ替わるように遅れてエレベーターで花咲と藤原の部屋へと戻った。
そして、花咲が作った即席のご飯を二人でかきこみ、ふう、と一息吐いた神弥が「疲れた」と寝室へ向かおうとした矢先のことだった。
それから数分後、藤原の寝室に花咲と神弥は集まっていた。花咲は眉尻を下げてオロオロとし、神弥は般若のような形相をして。
その原因は──。
「本当にごめん! ただ隔離するだけだって聞いてたんだよ……!」
ベッドで胡座をかく神弥の前の床に正座している水野だった。
疲れたと呟いた神弥の声に反応したのか、花咲の寝室から飛び出してきた水野が神弥へと飛び付き、何度も謝罪を繰り返した。しかし、神弥は虫の居所が悪かったのか、そんなもので許すことはなく。水野を無視して寝室へと入り、素早くドアを閉めようとしたようだが、水野が無理矢理それを抉じ開けて入り込み、神弥へ懺悔を始めたのだ。
「……オイ花咲」
「ななな何ですか」
「何でこんなめんどくせー奴拾ってきたんだ」
地を這うような恐ろしい声色と、その額に浮かぶ青筋に、超怒ってらっしゃるー! と花咲の顔が真っ青になる。拾ってきた──正しくは連れ帰ってきた──経緯は散々話しているので、神弥は理由を知らない訳ではない。
ようは暗に、こいつを追い出せ、と言っているのだ。
「聖ならこいつを追い出そうなんて言わねえだろうが、オレはこいつの顔なんぞ見たくもねえ」
水野は藤原が気に掛けていた人物だ。追い出そうなんて絶対に考えないだろう。が、藤原がよくても神弥は嫌らしい。水野の話を聞くに、水野が自分の弟を隔離し、あの犯される状況を作った元凶だからだ。花咲だって、自分の妹がそんな目に遭ったなら──考えるだけで腸が煮えくり返る。
「とにかくどっかに捨ててこい。オレは寝る」
「ふ、藤原! まだ怒ってるのか!?」
「うっせぇ。消えろ」
「どうしたんだよ藤原ぁ! お前そんな性格だったのかよ!」
「お、落ち着いて水野君……」
今にもまた飛び付きそうな雰囲気を醸し出しながら喚く水野を、花咲がどうどうと宥める。だが、水野は落ち着くどころか、さらにとんでもないことを口走った。
「俺を犯してもいいから! 俺、藤原にヤられるなら本望だ!」
これには神弥も眉間の皺を一気に伸ばして目を丸くする。花咲は破壊力のありすぎるその台詞に、思わずぶふっ、と噴いていた。
「……っつかそれは強姦じゃなくて和姦だろ」
「何でもいい!」
「いや良くねえだろ、馬鹿かお前」
神弥がそう呆れたように言い放つ。
そんな会話を聞きながら、花咲は先程までのぴりぴりとした緊張感から抜け出せた安堵もあり、脳内で今しがた供給された藤原と水野のカップリングを妄想していた。妄想が進むにつれ、花咲の顔はだらしなく崩れていく。そんな花咲を神弥がぎろり、と睨んだ。
「おい、花咲。空気を読め」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
ついつい腐男子アンテナが反応してしまった花咲が小さくなる。神弥はいい加減にしろ、と言わんばかりの厳しい視線で少しの間花咲をねめつけ、再び水野に視線を戻した。
「とにかく出て行け。二度と関わるな」
「藤原っ……!」
「花咲、外に捨てとけ。寝るからな」
「は、はい!」
びしっ! と背筋を伸ばした花咲は、水野君ごめんね、と言いながら、じたばたする水野を引っ張ってそそくさと寝室を出た。
ようやく静かになった部屋で、神弥はベッドに寝転がった。ぼーっと天井を見上げ、今日のことを思い出す。
「……聖、お前人気者だな」
呟いて、哀れで可愛い弟に対してふ、と笑みを溢す。
藤原の殺人衝動は酷くなってきている。このままだとどうなってしまうのか、神弥は藤原以上に分かっている。生まれてからずっと、藤原を一番近くで見てきたのだから。
近い将来、藤原は溜め込んだ分を一気に爆発させて、理性を本能に食われ、目に映るもの全てに殺戮の限りを尽くすだろう。そして、その切っ先は、自分自身にも向けられることになる。
「……はあ」
考えても衝動を抑え込むいい案は出て来ず、神弥は諦めたように息を吐いて目を瞑る。そのまま、神弥は藤原の意識の奥底へと潜り込んだ。
ともだちにシェアしよう!