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第七章 悪夢

 ◆ 「っ……ん……」  目を覚ますと、見慣れた俺の部屋のベッドの上だった。既に外は明るく、生徒たちの声もちらほら聞こえる。  いつの間にここに帰ってきたのだろうか。俺の脳にある記憶は、監獄の廊下でぷつりと途切れている。そう──俺に死んだ双子の兄がいたことを思い出させられたすぐ後で。  未だに神弥に体を操られていないかと不安になり、試しに右手を目の前に翳そうとする。手は俺の意思通りに難なく視界に映り込んできた。頭に響く声も全くない。今まで通りの、自分の体だ。  まるで今までのことが夢だったような気分にな りながら寝返りをうって、腰に走った痛みに顔を歪めた。 「ヤられたのは夢じゃないのかよ……っ」  正直一番夢であって欲しかった事実をまざまざと突き付けられた。痛む腰に気を遣いつつ、転がり落ちるようにベッドから降り、若干老人のような格好になりながら部屋を出る。  途端に美味しそうな匂いがキッチンの方から漂ってきて、慌てて転びそうになりながらキッチンへ行くと、花咲が以前と同じように朝食を作っていた。 「はな、さき……!」 「あ、藤原君おはよう。よく寝れた? 今目玉焼き作って──ってうわっ!?」  爽やかな笑顔を浮かべた花咲を力の限り強く抱き締める。 「花咲……っ!」  言いたいことはいっぱいあるはずなのに、頭の中は真っ白な絵の具を全面にぶちまけたように空っぽで、ただ必死に呼ぶ名前と込める力で何とか自分の気持ちを伝えようと試みた。 「……大丈夫だよ。僕はもう、大丈夫。ほら、目玉焼きが焦げるから」  無事に伝わったのか、花咲は抱き締められながら俺の背中をぽんぽんと叩く。  花咲は紛れもなくここにいる。腕の中にある温もりが、その証拠。  その感触を離すまいと抱きしめ続けていると、本当に焦げるから! と花咲が切羽詰まった声で言いながら俺の背中を先ほどより強く叩き始めた。十分伝わっただろうと、俺はやっと花咲を解放する。  花咲は「もー……」と少し嬉しそうに笑って、慣れた手付きで皿に目玉焼きを乗せ、はい、と俺に手渡してきた。サンキュー、と言って皿を受け取り、テーブルに並べていく。他のメニューも全て並べ終わってソファーに座ると、キッチンから花咲が出て来て、俺の隣に座った。 「いただきます」 「……いただきます」  花咲のそれに続いて手を合わせる。目玉焼きを箸で切って口に運ぶと、塩をまぶしただけなのに、驚くほど美味く感じる。久々の花咲のご飯を噛みしめながら、俺は花咲に問いかけた。 「いつ病院から帰ってきたんだ?」 「昨日の夜だよ」  口に放り込んだご飯を飲み込んで、花咲が答える。 「帰ってきたら藤原君いないし、漣君と陽太君も知らないって言うから、慌てて一君のところにいったの。そしたら、会長の親衛隊隊長──水野君と藤原君が、エレベーターのある部屋へ向かってた、って生徒たちが噂してたのを聞いたらしくて。カードキー持ってる一君と一緒にエレベーターの部屋にいったら、水野君が中で倒れてたの。それでとりあえず事情聞いたら、藤原君が監獄に入れられる、助けてって言うから、僕、焦って一君からカードキー奪ってそのまま監獄に向かっちゃって……あとは藤原君の見た通りかな」

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