147 / 282

*

   結局、以前やっていた俺に出来るような作業は終わってしまったようで、午前中は花咲の横に座りながら、ネクタイ作りの手伝いをしていた。  丸々一週間作業が出来なかったせいで、進捗は思わしくないらしく、花咲はいつになく真剣な様子で作業を行っていた。更に運の悪いことに、学校は明後日から一旦夏休みに入ってしまう。休みは一週間だけとは言え、それが明ければ八月下旬にある雉学祭までは、もう二週間もない。  型紙に沿って布を切りながら、これは夏休み返上かも、と、花咲がげんなりした様子でぼそりと溢す。  手伝いとはいっても本当に簡単なことしか出来ない俺に、「俺が手伝うから大丈夫」なんて言えるわけもない。せめて花咲にとって快適な作業環境になるようにと、休憩がてら買いに行った花咲の好きな紙パックのジュースを、横から飲ませることに徹した。餌付けをしているような気分だった。  昼休みのチャイムが鳴り終わった後、弁当を広げ始めた花咲に断りを入れて、伝言通り国語準備室へと足を運ぶと、鍵が閉まっていた。  神沢先生は午前中は教室へ顔を見せなかったので、職員室で作業をしているのかと職員室も覗いてみたが、姿はない。  仕方なく国語準備室の横の壁に凭れて待っていれば、数分後に廊下の向こうから走ってくる神沢先生を見つけた。少し頭を下げて会釈すれば、神沢先生は軽く手を挙げて、その手を縦にして顔の前に持っていく。 「すまん、遅くなった」  軽く息を整えて国語準備室の鍵を開ける先生の片方の手には、黒い鞄が握られていた。汗のかき方からしても、外に出ていたらしいことを察する。教師でも滅多に学園の外には出られないはずだが、何か街に用事があったんだろうか。 「よし、入れ」 「失礼します」  がらりと開けられたドアからむわ、と噴き出した、夏特有の熱気を全身に感じながら、先生に続けて部屋へ入る。  クーラーのスイッチを入れて、先生は俺に椅子に座るよう促した。 「昼飯食ってないだろ? 手短に伝えるな」  椅子に座った俺がこくりと頷くと、先生もデスクチェアに腰を下ろしながら俺と向かい合った。 「圭佑から聞いてるとは思うが、今から伝えるのは、山中の件に対するお前の処遇だ」 「……はい」 「結論から言うと、お前は今後も以前と同じようにEクラスで授業を受けてもらう。監獄にも入らなくていい」 「──……え?」  告げられた言葉に、思わず耳を疑った。  罪を犯さないために入れられた学園で、人の命を奪う最も重い罪を犯しておきながら、処分がないなんて、有り得ない。 「お前の言いたいことは分かる。こうなった原因の大半は大人の事情だ」  無意識に前のめりになっていた俺へ、ハンドサインのように両手でストップをかけた先生は、苦い顔をしながら口を開く。 「山中の件は、お前の『過剰防衛』で起こった事故として処理された。まあ凶器自体はお前が持ってきたものでもなかったし、状況が状況だったからな。山中にも非があった、という認識になってる」 「それでも、俺は自分の意思で──」 「まあ待て。学園側としては、事件ではなく事故として処理をしたい理由がある。この学園の運営費の殆どは、金持ちたちの出資で賄われてるってのは知ってるか?」  豪勢すぎる部屋。何もかもが無料で手に入る環境。金持ちの私立校に負けず劣らない設備。何かしらの援助がなければ、絶対に成り立たない。  学園に来たばかりに抱いた予想は、間違っていなかったらしい。 「……予想はしてました」 「敏いな。それでも、国の施策ということもあって、ある程度税金も使われているんだ。だが、世論はこれに対して前々から批判的だ。国の貴重な財源を、これ以上犯罪者のために使うのは認められない、ってな。ここが出来てから少年犯罪もほぼ横ばいになって、少しずつ認められつつあるが、少年少女が罪を上塗りしないために作られたこの学園で犯罪行為が起これば、国民はこの学園の価値を見出だせず、施策は崩壊する。その為に、出来るだけ事件ではなく事故として扱いたいんだよ」

ともだちにシェアしよう!