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「それでも、今まで監獄に入れられた奴らはいるわけでしょう?」
「昔はな。この学園が出来た頃は、殴り合いの喧嘩くらいでも傷害罪の上塗りとして監獄にぶちこんでたが、監獄に入れれば事件扱いになってしまう。そして、それを世間に洩れないよう揉み消すのはスポンサーの金持ちたちだ」
あとは──分かるな?
目をすう、と細めた先生からの問いかけに、俺は口を噤んで小さく首を縦に振った。資金提供に加えて、不祥事の揉み消し。金持ちたちにおんぶに抱っこ状態の学園は、金持ちたちの思い通りに動くしかない。
「学園が事件を起こせば、スポンサーのイメージが落ちる。かといって、無尽蔵に出てくる事件全てを潰すのは金持ちたちも中々厳しい。だから、そもそも事件はなかった、ということにした方が消費するリソースは少ない。立原や松下たちにも、箝口令を敷く代わりに処罰は無しにした。山中のご家族には事故と伝えて、学園側の過失として賠償金を支払っている。マスコミに漏れることを考えれば安いもんだとな」
あくまで優しく、言い聞かせるように先生は言葉を吐き出す。
どういった事情が絡んでいたかは理解した。この状況を作り出した元凶の俺には、どうしようもできないことも、分かった。
今回の件で被害を被っているのは学園側だ。むしろ、俺は学園に守ってもらっている立場になる。
結局俺が処罰を求めるのは、贖罪が欲しいからに過ぎない。目に見える形で、罪を贖っているという事実が欲しいだけだ。そんなもので、血の染み込んだこの手が綺麗になる訳がないのに。
黙り込んだ俺と先生の間に重い沈黙が降りる。
罪を償うことすら許されない絶望に、目の前が闇に呑まれていく。自身の肩に何かがずし、とのし掛かり、ずるずると首へと巻き付いてくる。赤く濡れた、白い腕。
『死ぬまで──死んでも、苦しめ』
山中の声色で響く言葉に、心臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。
「……罰が、欲しいか?」
先生の重たい声が、止まっていた周囲の空気を震わせた。スイッチを入れたように目の前の闇が捌け、巻き付く感触も消え去る。
深い息を何度か吐き出して、先生の目を見つめた。心を探るような視線が、一直線に俺へと向けられていた。
「どういう、意味ですか」
「これは完全に俺の独断だが、山中の母親にだけ真実を話した。その上で、山中の母親がお前に会いたがってる」
「──ッ!」
「山中の家は昔からでかい病院をやっててな、山中がこの学園に入ったとき、一族の恥だってほぼ勘当同然な状態になっていたらしい。山中が亡くなったことを伝えに言ったとき、母親以外は悲しむ素振りなんぞ一切なく、むしろ清々したって吐き捨てた。それどころか、静かに泣き出した母親に、周りが罵声を浴びせ出して……見ていられなかった」
俯いた先生の前髪が、顔に影を落とした。
罪を犯して身内から勘当された息子。我が子の死を、悲しむことさえ許されないなんて。
「山中の母親と会って欲しい。それがお前への罰だ」
「……分かりました」
断る理由は、なかった。
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