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「藤原聖ッ!!」
温もりが離れて、肩が痛いぐらいに掴まれたと同時に大声で名前を呼ばれ、反射的にビクッと体が飛び上がった。そこでようやく、目の前に眉間に深く皺を寄せた戸田がいることに気付く。
俺は、いったい何を。
「……聖ちゃん、気付いた?」
「あ、ああ……、……すまん」
心配そうに俺の顔を覗き込む戸田に、俺は眉尻を下げて涙を拭いながら謝罪の言葉を口にした。理性が戻ると、叫びすぎた喉が痛みを訴えてくる。
「いきなりどうしちゃったの?」
「確か……嫌な夢を、見た気がする」
先ほどまで覚えていたはずの夢の記憶は、内容を認識できないほどに掠れてしまっていた。
「相当叫んでたけど……」
「……みたいだな。喉が痛い」
「ついに狂っちゃったかと思ったー」
「ついにって何だよ」
む、と口を尖らせた俺に、はははっ、と楽しそうに笑う戸田。
窓の外は、限りなく赤色に近い夕焼けが、辺りを燃やしているようにも見えた。随分と時間が経っていたらしい。
ベッドの周りを仕切っていたカーテンは開かれていたが、その向こうに人の姿はない。戸田に聞けば、保健室にいた先生は職員会議で留守にしているのだそうだ。目撃者が戸田だけなのはせめてもの救いだった。保健室が校舎の端っこにあったのも、騒ぎにならなかった要因かもしれない。
帰ろっか、と戸田に促され、ベッドから降りる。
「花咲は?」
「教室で待ってるよ。ぎりぎりまで作業するって」
ちょっと負担かけすぎちゃってるよね……、と戸田は申し訳なさそうな顔をした。俺も花咲の手伝いどころか全体の手伝いもほとんど出来ていない身なので、そうだな……と同じように眉尻を下げた。
戸田と一緒に保健室を出て、廊下を教室へ向かって歩き出す。すると、戸田はさっきとはうってかわって、真面目なトーンで話し出した。
「さっきさ、聖ちゃん、怖いって言ったんだよ。覚えてるよね?」
確かに何かに怯えていた。だが、どうしてあんなに怖がっていたのか、ついさっきのことなのに思い出せない。ただ覚えているのは、恐怖の感情のみ。
「いや……怖かったのは覚えてるけど、何を言ったか思い出せないんだよな」
「んー……? じゃあ、何が怖いのって聞いたら、嫌だ、なりたくない! って言ってたんだけど、それは?」
「……それも覚えてないな」
気が狂いそうになるほどの恐怖に、なりたくない、という言葉。俺は何になりたくなかったんだ? 何に、怯えていたんだ?
当事者が分からないことを他人が分かるはずもなく、戸田はうーん、と唸りながらちらっと俺を見た。
「頭パーになったんじゃないよなあ……」
「殴るぞ」
「ごめんて」
拳を握って顔の横に構えると、戸田が苦笑いしながら顔の前に手を立てる。
「でもあんだけ怯えるのは相当だと思うけど?」
「覚えてないんだ、仕方ないだろ」
「一回病院行った方がいいんじゃない?」
「こんなことで行けるわけないだろ」
そんな話をしていれば、いつの間にか教室へと戻ってきていた。
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