155 / 282
第八章 雉学祭
「よし、じゃあ今日から二日間、お前ら目一杯楽しめ!」
あと半時間ほどで雉学祭が始まろうかという時間。ホストクラブをイメージした教室には、スーツに身を包んだ奴らと、クラスのTシャツ──わざわざ業者に頼んで作ったらしい──を着た奴らが、今から始まるであろう滅多に訪れない娯楽の時間に心を踊らせていた。
形式的に諸注意を告げたあと、いつも以上に整った顔に愉しげな笑みを貼り付けた神沢先生を囲んで、俺と花咲以外の全員が「おう!!」と高々と拳を振り上げながら答えた。
「藤原君、本当に大丈夫? 無理しなくていいんだよ?」
興奮を抑えきれないらしいクラスメイトたちを少し離れたところで見ていると、隣にいた花咲が心配そうな顔で声をかけてきた。
「今まで迷惑しかかけてないしな。戸田とも約束したし、少しくらい役に立ちたいから」
「でもホスト役って一番しんどくない?」
「辛くなったら言うよ」
そう、俺は今、ホストの格好をしている。
戸田と約束をしてしまったのもあるが、ほとんど手伝うことも出来ず、悪夢に狂った姿でクラスメイトたちに散々迷惑をかけてしまったため、せめて当日くらいは仕事をしようと考えた結果だ。ただ、そもそも接客係は美形揃いのうえに、俺は元々冴えない顔立ちでさらに顔色がすこぶる悪いので、そう頻繁に指名が来るとは思えない。
それでいい。
それがいい。
目立たずひっそりと、高校生らしい日常を過ごしたい。心の奥に密かに溜まった願い。
花咲たち調理係は、別室の調理室での作業になるため、花咲は俺の様子を確認したあと、戸田にあれこれと俺に関する頼み事をして、他の調理係と一緒に教室を出て行った。
「ひーじぃりちゃーん!」
「うるさい暑い引っ付くな」
花咲と話し終え、俺の肩に腕を回して笑顔で名前を呼ぶ戸田を、無理矢理引き剥がす。教室内はクーラーが効いているとはいえ、流石にぴたりとしたスーツを着ていると少し暑い。また、カーテンを閉めてはいるものの、どうしても空いてしまう隙間から残暑をもたらす強い日差しが入ってくることは止められない。
戸田はどこから調達してきたのか、ストライプ柄の白いスーツを身にまとっていた。花咲が手作りした黒いネクタイが既に緩みぎみな顔周りを引き締めている。俺を含む他の接客係は皆同じような黒スーツに白いワイシャツだったが、様々な色や模様のネクタイのお陰で、皆の個性が表現されていた。
俺がつけているのは、鮮やかな瑠璃色を基調としたレジメンタルタイだ。花咲曰く、クールさと高貴さをイメージしたらしい。クールさはまだしも、俺に高貴なんてイメージ、欠片もないと思うんだが。
「んもう、つれないんだからぁ」
「くねくねするな」
ええー、と不満そうな声をあげる戸田を無視して、教室を彩る飾り付けに視線をやる。
俺たちホスト役組の名前と写真が前の黒板に飾られていて、その中から好きな奴を選んで相手してもらえる仕様だ。机と椅子はそのまま学校のものを使っているが、真っ白なテーブルクロスとふかふかなクッションをそれぞれ机と椅子に被せてある。机に置かれているのは、俺も少し手伝ったメニュー表だ。
「ホストクラブというより……やっぱりカフェかレストランだよな」
「ちゃんとホストクラブだよ!」
「俺の想像するホストクラブではないな……」
「文句を言う口はこの口か~!」
俺の頬を掴もうと襲いかかってくる戸田をさらりとかわして、皆が集まっている方へ逃げる。そんな風に緊張感もなく戯れていたら、いつの間にか客が入ってくる時間になっていた。
「そろそろ開店するぞー」
神沢先生の一言に、ついさっきまで騒がしかった教室内が急に静かになり、大人しくなった皆は気を引き締めるように唇を引き結ぶ。
そして、雉学祭開会のファンファーレが雉ヶ丘学園に響き渡った。
ともだちにシェアしよう!