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「──お、まえ……」 「久しぶり、だな」  あの忌々しい赤髪とよく似た男子生徒が、俺の目の前に立っていた。  よく似た、というか、恐らく本人なんだろうが、いまいち確証が掴めない。決して俺の記憶力が悪いという訳ではない。 「髪の毛、何で……」 「お前、赤が嫌いなんだろう。だから染め直した」  そう、髪の毛が以前までの赤色ではなく黒色になっていた。予想外の事態に俺は呆けたまま赤髪を見つめる。いや、黒髪だから赤髪じゃだめか。ええいややこしい。そんなことを考えている場合ではない。  何故こいつがここにいる。もう一生見たくなかったこいつが。 「……帰れ」 「……あの日のことは謝る。すまなかった」  冷たく言い放った俺の言葉を無視して、赤髪は謝罪の言葉を口にしながら頭を下げてきた。しかし、そんなもので許せるはずもない。あれだけ酷いことをしておきながら、口先だけで済まそうなんて虫のいい話だ。 「すまなかったじゃない! あれでどれだけ俺が……っ!?」  言い終える前に顔を上げた赤髪に頬に手を伸ばされて、反射的に体が硬直した。  あの、絶望の瞬間を思い出して。   だが、その手が俺に触れることはなかった。突然横からにゅっと出て来た腕が、俺に触れる前に赤髪の腕を掴んだからだ。  ほっとしたと同時に、赤髪の腕を掴んだ腕とは反対の腕で肩を抱かれ、その人物の方へと引き寄せられる。 「こいつが何かしたか?」  薄く微笑みながら、目だけは険しく赤髪を射抜く神沢先生。その視線を真正面から受け止めながら、赤髪は、いや、と首を振る。 「話が、したい」 「何の話だ」 「俺の……気持ちを」  気持ちってなんだ、と俺が考えている一方で、神沢先生は何かを察したかのように眉をぴくりと動かし、盛大な溜め息を吐いた。 「一分で済ませろ」  そう言いながら、神沢先生は俺の肩から手を離し、赤髪に向かって俺の背中を強く押した。急な衝撃にバランスを崩した体を、赤髪に支えられる。 「っ……!」  あの日の記憶がまた蘇り、体が拒否反応を起こして赤髪の腕から離れようともがく。それを察したのか、赤髪の手がパッとすぐに離れた。 「話があるから、少しいいか」 「……」  無言で俯いていると「ついてきてくれ」と言われ、そのまま背を向けて歩き出した赤髪の後を渋々追った。  赤髪の歩くスピードに合わせて前後に揺れる右手には、手のひらを覆うように包帯がぐるぐる巻きにされている。恐らく俺を庇って会長につけられた傷が、あの下にはあるのだろう。話というのも、庇った礼として見返りを要求するつもりなのかもしれない。そう考えた俺の眉間に、深い皺が刻まれていく。  人混みの中を無言で淡々とかき分けながら進み、関係者以外立ち入り禁止になっている体育館裏に着いてようやく赤髪は足を止めた。  人がいない場所に連れてきて、何をするつもりだ。  少し身構えた俺に、赤髪は背を向けたまま一言だけ口にした。

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