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「好きだ」
あれやこれやと考えていた頭の中が、一瞬にして真っ白になった。
今、何て言ったんだ、こいつは。
「あの日も言ったがもう一度改めて言う。好きなんだ、お前が」
突然のことで理解が追い付かず、眉を顰めた状態で固まる俺の様子を知ってか知らずか、赤髪はそう続ける。
しかし、何の反応もないことに疑問を抱いたのか、赤髪が俺の方を振り返った。ばちっと目が合い、何か言わないといけない焦燥感に駆られ、目線を斜め下の地面へと移しながらぽつりと呟く。
「……呼び出した理由はその冗談を言うためか?」
「冗談じゃない。本気で好きなんだ。気持ちが先走って……お前を犯してしまった。本当にすまなかった」
赤髪がそんなことを言いながら深く頭を下げるが、俺の脳内は大混乱の渦に巻き込まれていて、赤髪の謝罪の言葉など耳に入ってこなかった。
考えることを放棄した脳は、赤髪の言葉を壊れたテープのように何度も何度も繰り返している。
『好きだ』
『本気で好きなんだ』
何が、どうなって、好きだと。どういうつもりで、そんな言葉を。
放心状態の俺は、近付いてくる赤髪に気付かなかった。いきなり顎を掴まれて、逃げようとする暇もなく上に向けられる。
「な、ん──」
温かいものに塞がれる唇。
だが、あの日のような激しいものではなく、ただ唇が触れ合うだけのもの。何度か俺の唇を啄んで、殆ど唇が重なった状態で赤髪は喋り出す。
「前は暴走した。すまない。でも、本気なんだ。初めて他人を好きになったんだ。もう一生離したくないくらい」
赤髪がもう一度俺の唇に自分のそれを押し当てながら、俺の腰に腕を回して抱き寄せた。その行為に抗うように、反射的に赤髪の胸に手を当てて押し返す。
「離せ……っ」
「お願いだ。怖がらないでくれ」
「無理、んっ……」
逃げようとした顔を掴まれ、強引にまた唇を啄まれる。だが、唇に当たる感触は酷く優しい。
それでも、根底から沸き上がってくる赤髪に触れられる怖さに、無意識の内に目を瞑ると、瞑った目の端から涙が流れ落ちた。
それに気付いたらしい赤髪が、俺の唇から自分のそれを離して、涙を掬うように舐めとる。頬をなぞる舌の感触に、ぶるっと体を震わせた。
「もう絶対にあんなことはしない。お前がいいって言うまでしないから」
「俺は男相手にどうなるつもりもない……!」
間近にある赤髪の顔を両手で押し返しながら、震える声で叫ぶ。赤髪は俺の両腕を掴んで自分の顔から離し、その腕を引っ張って俺の体を強く抱き締めた。
「……なら、せめて友達になってくれ。お前の傍に、居させてくれ」
赤髪にとって、それは精一杯の譲歩なのだろう。
でも。
もしあの時のことを俺が許したとしても。
俺はもう、俺じゃない。
「……俺は狂ってる。怖いんだ、何かが、記憶も無くて、でも怖くて」
「藤原……?」
「前の俺じゃないんだ。変わってしまった。訳も分からず発狂して、自分では止められない。自分が何なのか、分からない」
「……なら俺がお前を止める。だから、な」
そう言って、赤髪はもう一度俺に啄むようなキスをして俺を解放した。その時にはもう、体の震えも赤髪に対する恐怖もなくなっていた。
「友達になってくれ」
俺に向かって、俺だけに差し出された手。
それを、俺は。
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