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 あの時、俺はあいつの手を取らなかった。 『俺はお前と仲良くする気なんかさらさらない。でも──』  そこで言葉を切って。 『俺のストッパーにはなってもらう』  赤髪が了承せずとも問題はなかった。それが嫌なら金輪際関わるな、と続けるつもりだった。  が。 『──分かった』  俺が言葉を続ける前に、赤髪はそれを了承したのだ。俺の傍に居られるならそれでいいと赤髪は言った。  即ち、今の俺と赤髪は、発狂する者とそれを止めるストッパーという奇妙な関係だ。  赤髪という人物の真意が読めない。本当にそこまでして俺の傍にいたいのか、はたまた身体だけが目的で、この間のように襲えるチャンスを伺うためなのか。  脳内で思案に暮れながら、「だから、大丈夫です。心配かけてすみません」と神沢先生に頭を下げた。頭上から安心した、という安堵を含んだ声色で放たれた言葉のあと、俺の頭をぽんぽんと優しく叩く感触を感じて顔を上げる。  心底安心したような表情を浮かべる神沢先生を確認したと同時に、長谷川に腕を引っ張られて神沢先生から引き離された。 「時間ないんで連れていきますよ」 「おう、ちょっとだけだぞ~」  連れ出されまいと足を踏ん張る俺を引き摺り、前を向いたままそう言う長谷川に、神沢先生は笑顔で手を振る。  いや、だから断れよ。  俺の願いは完全に無視され、教室から強制的に連れ出されたところで抵抗を諦めて、大人しく長谷川の歩調に合わせた。  そんな俺の後ろを鈴木はスキップしながらついてくる。 「おい長谷川、どこに行くんだよ」 「メイク室」 「は? そんなの男子校なのにあるわけ……」 「あんだよなそれが!」  軽やかに俺の隣へ飛んできた鈴木が、俺の肩に腕を回して言った。  メイク室がある?  何のために作ったのか。まさか不良が化粧なんてするはずないだろ。 「ほら、やっぱり俺らみてえに女装喫茶とか考える奴いっぱいいるからさ。まーご苦労なこったな」 「この学校はオカマバーかよ!」 「あ、それオカマさんに失礼だろ」  鈴木に頭をぱしん、と叩かれた。  叩かれた後頭部を擦りながら何するんだ、と文句を言おうとしたら、長谷川がいきなり止まったせいでその背中にぶつかってしまった。 「っ……急に止まるな……」 「すまん。ここだ」  そう言われて立ち止まった前の教室のプレートを見ると、『メイク室』の文字が。  本当にあった。何だこの学校。犯罪者の学校じゃないだろもう。  長谷川は教室のドアを勢いよく開けて、俺の腕を掴んで教室の中へと放り込んだ。つんのめって転びかけたのを踏ん張った俺の後から長谷川と鈴木が入る。  教室の中は普段俺たちが使っているような木製の椅子や机、黒板などは一切なく、よく芸能関係のドラマで見るような大きな鏡がいっぱい並んでいて、まるで大きな楽屋のようだ。  そんな教室、いや、メイク室の中でせっせと何かを整理している男子生徒が一人。

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