165 / 281

*

 先ほどまでのアホ面はどこへ、悪巧みをするような笑顔を浮かべる鈴木。 「やっべえここまでとは……まるっきり女じゃん」 「阿呆か。どこにこんな女がいるんだ」 「それ自分のこと言ってんだったら馬鹿にしか思えねえよ? なあ漣?」 「……だな」  長谷川まで何を。 「鏡見ろ」  俺の背後に向けてくい、と顎を動かした長谷川にそう言われるがままに振り返れば、茅野がシートを外したまさにその瞬間だった。 「……いや、充分気持ち悪い」  やけに顔が白く目の周りや唇がきらきらしているが、それ以外はただの俺だ。いや、髪が長いせいで絶妙な気持ち悪さを伴っている。 「眼科行ってこい」 「行ってこい!」  長谷川の後に続いて、鈴木が俺に指差しながらリピートする。 「そうだな……最近目の奥が痛いんだよな……」 「マジで行けとは言ってねえよ?」 「はー……」  行けと言ったのは自分達の方なのに溜め息を吐く二人。溜め息を吐きたいのはこっちの方だ、何がしたいんだ。 「まあこいつの目はどうでもいい。茅野、ありがとな」 「お礼を言うのは寧ろ自分の方さ。とても楽しかった、ありがとう」  がっちりと固い握手をする長谷川と茅野を横目で見ていると、衣装を漁り始めた鈴木が白いハイヒールを掴んで俺へと差し出した。有無を言わさぬ圧力に、渋々それを受け取って履けば、また長谷川に手を掴まれてメイク室を出る。 「お、おい、さすがにこの格好じゃ……」 「何言ってんだよ、女装喫茶なんだから女装しねーとダメだろ」  当たり前のように言い放った鈴木の言葉が、俺の鼓膜を揺らしてからコンマ数秒。その意味を理解した頭が、驚きと共に口を大きく動かした。 「はあ!? 俺が!?」 「お前がだ」 「Dクラスの出し物だろ、何で俺が!」 「Eクラスの客寄せパンダの役割は果たしたからな、その分俺たちの方にも利益がないと」  勝手に俺に接客させようとしている長谷川と鈴木に何を言っても、全く聞き入れてはくれない。俺の手を引きながらぐんぐんと進んでいく長谷川に、慣れないヒールで何とか転けずに付いていくのが精一杯で、途中からまともな抗議すら出来ないまま、Dクラスへと辿り着いてしまった。  抵抗を諦めて大人しくしていると、長谷川にメイク室に入るときと同じようにまた背中を押され、Dクラスの教室へよろけながら足を踏み入れる。その際、咄嗟に手をついてしまったドアが派手な音を立て、教室の中にいた全員が俺達を見た。その視線の多さに少し後ずさる。  そんな俺の肩を逃げられないようにがっしりと掴んで、鈴木は笑顔でみんなに向かって叫び出した。 「はーい注目注目ー! 新しい子が入ったぜー! 名前は……聖だから……んーと、ひじこ!」 「もっとマシな名前は無いのか!?」  適当過ぎる名付けに思わず叫び返してしまった。ひじこってなんだ、ひじきか? ひじきの新種か?  文句を言われた鈴木はむー、と唇を尖らせる。 「文句言うなよなー。じゃあひーたんな、今度は拒否権なし」 「お前な……」  呆れて何も言えない俺を余所に、長谷川が吹っ切れたように恐らく営業用であろう綺麗な微笑みを浮かべながら、教室内の面々へと声をかけた。 「これから二時間だけの特別ゲストです。来てほしい方はいらっしゃいますか?」  その瞬間、教室中がドカンと沸いた。

ともだちにシェアしよう!