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 いつも冷静沈着で仏頂面の長谷川の珍しい表情が見れて少し満足したが、恨み言の一つくらいは許されるだろうと、まあ、と続けた。 「朝は酷い頭痛だったけどな」 「治ったのか?」 「じゃなきゃ来てない」  俺の返答に、長谷川は怪訝そうな顔で俺を下から覗き込む。 「な、なんだよ」 「前もそうだったが、お前の回復力どうなってるんだ? 一個食べたら酩酊状態、五個も食ったら意識を失くして、次の日は一日中二日酔いで起き上がることすら出来ないって言ってたぞ、あいつ」  前、というのは恐らく窓から落ちたときのことだろう。確かにあの時といい、刺されたときといい、傷の治りが異様に早いのは自覚しているが、それと今回の酒トリュフとは別物だ。ただ酒に強いか弱いかの差だろう。  そこで、ふと別の疑問が沸いた。 「それよりお前、そいつに狙われてるんじゃないのか? こっそり酒に酔わせようとしてたってことだろ」 「……みたいだな。おかしいと思ったんだ。大人の男がわざわざトリュフ作って雉学祭に持ってくるなんて」  おい。だったら何で俺に食べさせたんだお前。 はあ……、と憂いを含んだ溜め息を溢している目の前のこいつを、今すぐ殴ってやりたい。 「おかしいと思ってたなら食わせるなよ」 「美味かっただろ?」 「お前食べてないだろ!」  自分は食べてないくせに美味かっただろなんて聞くな。全然反省してないじゃないか。  これ以上会話を続けていたら終いには手を出してしまいそうで、花咲の手を掴んで早く行くように催促した。 「じゃあ藤原君が働けない分、ちゃーんと稼いでね。ばいばーい!」  花咲は笑顔でそう言うと、俺を引っ張って教室から出る。教室のドアをくぐった と同時に、何か重いものが肩にずん、と乗った。 「聖ちゃーん、俺も行くー」  俺の肩を掴んでわざと耳元で囁く戸田は、今日は普段通りの制服姿だった。即座に戸田の手を振り払ってじろり、と戸田を睨み付ける。 「重い暑いウザい五メートル離れてろ」 「聖ちゃんひっでー!」 「知るか」  虫の居所が悪い俺は、戸田の言葉に冷たくそう吐き捨てた。大袈裟に眉尻を下げた戸田は、まるで捨てられた子犬のような目で俺に訴えかけてくる。花咲はそんな俺たちを見て、ふふっ、と天使のような笑顔を浮かべた。 「静利君も一緒に行く?」  先程までの泣き真似はどこへやら、至極嬉しそうな顔で戸田が手を挙げて答える。 「行く行くー!」 「来なくて良い」 「聖ちゃんの意見却下ー!」 「お前な……」  青筋を立てる俺を、まあまあ、と花咲が宥める。それでも俺はついてくるなと戸田と言い合いをしていたが、結局俺が折れて三人で雉学祭を回ることになった。

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