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 はいはい、と適当に戸田の言葉を流していたら、何やらスーパーボールすくい付近の客がざわめき始めた。あそこには花咲がいるはずだが、何かあったのだろうか。  まだぶつくさと文句を垂れている戸田を放置して、スーパーボールすくいのところへ行ってみると。 「……おい、花咲」 「あ、藤原君! 見て見てー!」  嬉しそうに俺に差し出すお椀の中には溢れんばかりのカラフルなスーパーボールたち。その器だけではない。花咲の周りには、そんなお椀がいくつも置かれている。他の参加者たちはスーパーボールを掬う手を止めて、花咲の技に感心しながら行く末を見守っているといった感じだった。 「僕、あのうさちゃん欲しいから頑張ってるの」  指差す先にあったのは、花咲の身長の半分程もありそうなうさぎのぬいぐるみ。他にも色々な景品が置かれていて、下に貼りつけられている紙に『10個』や『30個』など個数が書かれている。  なるほど、掬った個数によって貰える景品が変わるらしい。  ぬいぐるみの下に書かれている個数は『300個』。他の景品とは倍以上の個数になっているので、この量は不可能だと推測して設定した個数なのであろうが。 「あと十個でうさちゃんもらえるから待っててね」  笑顔でそう言い切った花咲に軽く畏れを抱いた。いつの間にか傍に来ていた戸田も、楽しそうにスーパーボールを手際よく掬っていく姿に苦笑を浮かべている。  花咲は結局言った通りに三百個掬って、ぬいぐるみをゲットしていた。ぬいぐるみを抱いている花咲の顔がとても嬉しそうに崩れている。  ついでに、戸田から受け取った射的の景品も花咲にあげておいた。ちなみにこれはゆるキャラの小さなぬいぐるみだ。  縁日の教室を後にし、人で溢れかえる廊下の片隅を陣取って一息つく。 「藤原君、人多いけど大丈夫?」 「え? ……ああ、大丈夫だ」  小声で俺に耳打ちしてくる花咲の言葉に一瞬首を傾げて、すぐに殺人衝動のことだと気付いた。戸田に殺人行為のことは打ち明けていないから、聞こえないように配慮したのだろう。  そう言えば大勢の人に囲まれているにもかかわらず、心臓は平常通りゆっくりと生を紡いでいる。今までの学校生活で多少の人数には慣れているとはいえ、こんなにも沢山の生きた人間がすぐ近くでひしめいているのに。雉ヶ丘に来た日、食堂で感じたあの動悸が嘘のようだ。  本能が山中を手にかけたことで満足したのか、それとも爆発するときを待って眠っているだけなのか。  少し考えて、一つの理由が思い浮かぶ。 「……夢のおかげかもな」 「悪夢のこと?」 「ああ。俺の理性が本能から自分を守るために疲弊させてるんじゃないか……なんて思うんだ。花咲たちにとっちゃ、良い迷惑だろうけど」  苦笑しながら言うと、花咲も同じような表情でちょっと寝不足気味かな、とだけ返してきて、俺はその素直さにくすっと小さな笑い声を漏らした。そんな俺と花咲のやり取りに、戸田がぐっと顔を突っ込んでくる。 「俺を仲間はずれにして何二人でコソコソ喋ってんのー!?」 「秘密だよー」 「秘密だ」  俺と花咲がほぼ同時にそう返すと、戸田は「どうせ俺の悪口でしょ!」と泣き真似をしてみせる。少し暗かった空気が一気に明るくなって、戸田の場の空気を瞬く間に変える力に感心した。 「よし、じゃあ次どこ行く?」 「どこでも」 「俺もどこでもー」 「じゃあ全部回ろう!」 「「え゛」」  花咲の言葉に俺と戸田がハモる。  その後は言葉通り花咲に連れられるがまま、全てのクラスを回った。終わる頃には俺と戸田は疲労たっぷり。花咲だけが終始笑顔だった。小さい身体のどこにそんな元気が隠れてるんだ、全く。  こうして初めての雉学祭は、良くも悪くも心に残る大事な思い出になった。

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